がんと闘う名医

患者さんに寄り添い乳がんの早期発見と早期治療の重要性を説き続けて―福田護( 聖マリアンナ医科大学附属研究所 ブレスト&イメージング 先端医療センター附属クリニック院長)

2016年3月30日

乳がんの専門医を目指そうと決意したのは、今から40年以上前のこと。将来のニーズを見越してだった。「すべては患者さんのために」代々続く医師の家系に育った福田には、無意識のうちにこの教えがたたき込まれていた。名医と称されるまでになった経緯についても「患者さんとともに成長できたから」と語る福田は、大学病院を定年退職した後も、附属のクリニックなどで休みなく働き、こう繰り返す。「すべては患者さんのために――」

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福田 護(ふくだ・まもる)
聖マリアンナ医科大学附属研究所 ブレスト&イメージング 先端医療センター附属クリニック院長
1943年、富山県生まれ。69年に金沢大学医学部を卒業後、国立がん研究センターの研修医を経て、1974年、聖マリアンナ医科大学第1外科学助手に。翌年渡米し、メモリアル スローン・ケタリングがんセンター、バージニア大学などで3年間学ぶ。帰国後、聖マリアンナ医科大学に戻り、2002年、聖マリアンナ医科大学外科学(乳腺・内分泌外科)教授に就任。09年より、現職。
日本乳癌学会、日本乳癌検診学会の名誉会員他、認定NPO法人 乳房健康研究会の理事長などを務める。著書に『よくわかる乳がん治療』(主婦と生活社)、『乳がん全書』(法研)など。(取材時現在)

1980年、30代半ばの福田は、友人の医師とともに1冊の本を書き上げた。タイトルは、『乳ガンなんか怖くない』。福田は日本やアメリカのがんセンターで研修医として経験を積むなかで、乳がんの専門医を目指そうと決意。聖マリアンナ医科大学第1外科で助手として働きながら、「1人でも多くの患者さんを救いたい」との思いをこの本に込めた。

「私が医師になりたてのころ、日本人に多かったのが胃がんで、研究も進んでいました。しかし、間もなく、肺がん、乳がん、大腸がんなどの患者さんが増えるだろうと予測されていたので、それなら、私を聖マリアンナに呼んでくださった先生とともに、乳がんの治療に専念しようと決めました」

乳がんの早期発見には自己検診が大切と、「月に1度は自分の乳房を触って異常を確かめてほしい」という意味の造語「タッチ・ユアセルフ」を福田は友人と一緒につくった。さらにその考え方や習慣を広めようと、病院スタッフと協力して地域の人々にステッカーを配ったり、病院勤務を終えた後、近くの集会所に女性を集めて説明会なども開いたりした。

「こうした試みは2年ほど続き、数千人と交流しましたが、やがて自然消滅。当時、私たちにあったのは情熱だけで、影響力もなく、啓発手段も思いつかなかった」

 

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医師になりたてのころの手術風景。国立がん研究センターにて。「医師として父からは多くのことを学んだが、父が専門とする精神科とは別の道に進みたかった」と当時を振り返る。

 

このころアメリカでは、乳がんで姉を亡くした妹が、姉の名を冠した「スーザン・G・コーメン乳がん基金」を設立。この基金は乳がんの患者さんを支援するピンクリボン活動(乳がんの正しい知識を広め、検診による早期発見や治療の推進などを目的とする世界的規模の活動)によって、国際財団に成長。福田は日本でも同様の運動を展開したいと2000年に3人の医師とともに「乳房健康研究会」を立ち上げた。

出身は富山県。祖父もその兄弟も医師なら、父親も叔父も全員が医師という家系に育った。父親が経営していたのは精神科の病院で、自宅とは離れた場所にあったが、病院関係のイベントには必ず家族で参加するのが福田家のルールだった。子どもにとって、精神を病んだ患者さんは特殊な存在。ときに「怖い」と思うこともあったが、父親や看護師たちの患者さんへの献身を目のあたりにすると、自分が間違っていたと気付かされた。

口癖である「主役は患者さん」「患者さんの目線を大切に」や、柔和な表情とやさしい口調は、こうした特別な家庭環境の中で育まれてきたのだろう。福田がまだ金沢大学の学生だったころ、新潟地震(1964年)が起こり、「医療活動に当たりたい」と被災地を目指したのも父の影響だった。

「私が5歳のときです。福井で大地震が起き、父親は医療救援に飛んでいきました。『医者とはこう生きるべき』とその姿に教えられたようで、そのときのことは今でも鮮明に覚えています」

 

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左:スポーツ好きの福田は、金沢大学時代、サッカー部に所属。ポジションはフォワードだった。 上:東京オリンピックで聖火ランナーを務めたことも(右端)。「ランナーの選考基準は、“日本を背負う20歳以下の若者”であったと記憶しています。私は石川県サッカー協会からの推薦枠で出ました。今では、素晴らしい思い出です」

乳がんは治療期間が長い病。患者さんとともに人生を歩み、成長してきたと思っています。

乳がんの患者さんは増え続け、現在、日本人の生涯罹患率は「12人に1人」といわれている。アメリカの「8人に1人」、ヨーロッパの「6人に1人」に比べると低いが、日本の場合、近年の食習慣の変化などの影響か、患者数の増加に歯止めがかからず、死亡者数も上昇傾向にある。治療をしても力及ばず、自分よりも若い患者さんが亡くなっていく。無力感に襲われることもあった。

「その一方で、患者さんから教えられたり、勇気づけられたりすることもあります。乳がんの経過観察期間は他のがんより長いので、その間に患者さんは成長する。新しい仕事や趣味に打ち込むなど、がんになってからのほうがイキイキと生きる人も少なくないんです」

また、乳がん治療は、「がん治療のトレンドを先取りしてきた」ともいわれ、新しい試みが乳がん治療から始まったケースも少なくない。例えば、がんを局所疾患ととらえていたころは、治療の中心は外科で、「がんは手術で治す」といわれていた。だが、現在は、がんを全身疾患ととらえて集学的治療をするため、「できるだけ小さく切る」のが常識。これは乳がん治療から始まった考え方だ。また、患者さんに病状を率直に話す「告知」を行ったのも、乳がんの患者さんが最初だった。

福田自身もまた、がん治療をリードするという自覚をもってチャレンジを続けてきた。2009年、聖マリアンナ医科大学の附属施設として「ブレスト&イメージングセンター」を開き、院長に就任したのもその試みの1つだ。乳がんなどの乳腺疾患に特化した医療のためのセンターで、診療フロアは、患者さんと医療スタッフの動線が別々になるように設計されている。患者さんの居心地を最優先に、医療スタッフがチーム医療しやすい構造になっているのだ。さらに緊急時に備え、大学病院とは患者さんのカルテ情報を共有できるシステムになっている。

 

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上:「ブレスト&イメージングセンター」では、患者さんの病状に合わせて、抗がん剤の調合もセンター内にある調剤室で行っている。 下:スタッフがチーム医療をしやすいように設計された内部。この施設は、乳腺疾患患者さんの居心地のよさやプライバシーが守られているだけでなく、スタッフの動線短縮にも配慮されているとして、「医療福祉建築賞2010」を受賞している。

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ただし、最新の機器や技術、考え方を導入しても、それだけでは十分ではないというのが福田の持論。「大切なのは患者さんがどうしたいか、どうあるべきか。それを理解するのも、医師の大切な仕事だと思います。そのためには、医師が患者さんの人となりに、もっと興味を示す必要があるんじゃないかな」と穏やかにほほ笑む。

最近は、何ごとにも科学的根拠が求められ、「エビデンス」という言葉が盛んに使われるようになったが、科学的根拠だけに気をとられていると、見失うものがあるのではないかと危惧する。

「医療対話といって、患者さんの声に耳を傾けて、一緒に考えを整理したり、不安を取り除いたりすることを医療の一環と考える動きが出てきました」。これは福田が長年続けてきた、「患者さんに興味をもつ」ことに通じる。

「患者さんの感情やストーリーを理解することの重要性は、科学では証明できないが、科学的根拠のある治療法と同じくらい重要」と考える医師が増えつつあるのだ。「医学はここまできました。だから、今後は私たちよりももっと優秀な医師が育つだろうと楽しみにしているんです」

ただし、1カ月先まで予約で埋まっている「ブレスト&イメージングセンター」の現状を考えると、まだ引退はできない。週のうち4日は外来をこなし、1日は手術、あと1日はセカンドオピニオンに当てる。土日には会議や研修、講演会などが入るため、休みはほとんどない。

「医師として当然のことです。あくまでも主役は患者さんですから」

70歳を過ぎても謙虚に、福田はこのポリシーを貫く。(敬称略)

聖マリアンナ医科大学附属研究所 ブレスト&イメージング 先端医療センター附属クリニック
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がん拠点病院が開設した日本初の本格的な独立型の施設で、World Class Care(世界最高水準のケア)をモットーに、高い知識と技能を兼ね備えたスタッフによるチーム医療を提供。乳がん診療の中心施設になることを目指し、乳腺疾患に特化した治療を行っている。

●問い合わせ
ブレスト&イメージングセンター
住所/神奈川県川崎市麻生区万福寺6-7-2
電話/044-969-7720
HP/http://www.marianna-u.ac.jp/breast/

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