クローズアップ がんと闘う

かつて困難とされた血液がんの治療に長年挑み続ける ―鈴木憲史(日本赤十字社医療センター 骨髄腫アミロイドーシスセンター長 治験事務局長 薬剤部長)

がんによって消えていく命をなんとかして救いたい──。そんな熱い思いを抱いて治療を続け、約40年が過ぎた。患者さんから聞こえてくる「先生のやさしさに救われた」との声。しかし、新しい治療法や薬剤が導入されるたびに鈴木は思う。「この薬で救えた命があったのに……」過去に失ってしまった命をも諦め切れずにいるのだ。
 

鈴木憲史(すずき・けんし)
1950年、埼玉県生まれ。76年、新潟大学医学部卒業後、内科研修医として日本赤十字社医療センターへ。78年から東京医科歯科大学医学部大学院専攻科に学び、82年から2年間は、東京大学医学部第3内科(血液学専攻)の研究生に。95年、日本赤十字社医療センター第2内科部長に就任し、2016年より骨髄腫アミロイドーシスセンター長に。日本内科学会内科指導医・総合内科専門医・評議員、日本骨髄腫学会理事、日本免疫治療学研究会理事などを務める。(取材時現在)
 

 

 

「医学はサイエンスであると同時にアート」。また、「患者さんにとって医師は、ときによきコンサルタントであるべき」と鈴木はいう。それゆえ彼は「特に臨床の現場では、純然たる理系人間より、文系のほうが向いているのでは?」と感じることが多い。鈴木自身、高校までは自他ともに認める文系人間で、島崎藤村や三島由起夫など、純文学を愛した。

鈴木が専門とする血液内科におけるがんは、白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫など。血液がんの場合、治療は抗がん剤などの薬剤や輸血が中心となるため、患者さんとは長い付き合いになる。再発による治療で、20年、30年と接してきた患者さんも少なくない。再発に落ち込んだり、治療をためらったりする患者さんやご家族の悩みを聞き、心をほぐすことも医師の大事な役目と受け止めている。

人間の体には、検査データだけでは分からないことがたくさんある。そこで医師は、データを分析しつつ触診をし、「どこかに痛みや違和感はありませんか?」と聞くが、それでは不十分と鈴木は考える。

「患者さんを取り巻く環境や人間関係が体に影響することもあるので、もっと広い意味で、『何か変わったことはありませんか』と尋ねる必要があります。しかも必ず笑顔でね」。コミュニケーション能力が試される瞬間。医師の何気ないひと言が患者さんを支えることもあれば、傷つけることも……。その怖さについても心得ている。

大学紛争さなかの受験だった。埼玉県熊谷市で育った鈴木は、東大法学部を希望していたが、入試が中止になってしまったため、親戚を頼って新潟大学を受験した。医学部を志望して見事合格。勉強とテニスに打ち込む、ごく平凡でまじめな大学生活を送ったという。

 

(写真上)血液学会テニス部の仲間たちとともに(左から2番目が鈴木)。現在はテニスより、ゴルフに出かけることが多い。(写真左)新潟大学6年生のときに、大西物理学教授を囲んで研究仲間たちと一緒に撮った写真(後列右端が鈴木、隣が大西教授)。

 

患者さんの不安を受け止めながら、最善の道を選択しています。大丈夫、がん治療は確実に進歩しています。

「大学での勉強は興味深いものでしたが、医師としての覚悟を固めたのは研修医2年目のときでした」

大学卒業後、日赤医療センターの内科研修医になった鈴木は、血液のがんによって若い患者さんが次々と亡くなっていく現実に直面。「血液内科の専門医になって、1人でも多くのがん患者さんを救いたい」と決意した。当時は悪性リンパ腫が少し治る程度で、白血病はほとんど治らない。多発性骨髄腫に至っては治療法がないため、関心さえもたれなかった。

「適切ないい方ではないかもしれないが、私にとって9割治る病はある意味つまらない。必要とされ、あえて困難な分野に取り組むのが一番楽しいんですね」

しかし、血液のがんが「よくなりそう」と思えるまでには、それから10年ほどの歳月が必要だった。鈴木が30代後半にさしかかるころから、徐々に効果的な薬剤が登場して治療成績が向上。今は免疫細胞治療などの新しい治療法も研究されつつある。

血液内科医になって約40年が経った今、悪性リンパ腫は約5割、白血病は約3割が治り、多発性骨髄腫に関しても、かなり延命できるまでに進歩した。この数字はこれからも間違いなくのびると予測し、「病気になるなら1日でも遅いほうがいいなぁ」と笑う。

 

(写真上)若いスタッフたちのやる気を尊重しながら、温かい目で見守り、指導する鈴木。スタッフたちは、「専門はもちろん、専門外のことも非常によく知っていて、鈴木先生の知識の豊富さには圧倒されます。尊敬できる医師の1人です」と語る。
(写真下)院内の治験事務局でスタッフに指示を与える。現在、複数の治験(新薬開発のための治療を兼ねた試験)が進行中で、例えば多発性骨髄腫に関しては、40人以上の治験患者さんを診ている。

 

だが、一方で「薬剤による治療だけでは不十分」と考える。患者さんが少しでも明るい気持ちになれるように導くのも医師の仕事だ。

「厳しい話をしなければならないこともありますが、暗い話ばかりではダメ。患者さんの不安を軽減するような説明の仕方を心掛けるようにスタッフには指導しています」

実際に鈴木はメンタリティーが病状に影響するケースを数多く見てきた。「再発をおそれて検査結果に過敏に反応する入院患者さんと、検査結果はさておき、家族一緒に過ごせる外泊や旅行を心待ちにしている入院患者さん。両者を比べると、楽天的に構えている後者の患者さんのほうが再発率は低く、完治する確率も高いんです」。

ネガティブなことしか思い浮かばないときは、「作り笑いでもいいから笑ったほうが免疫力は上がる」と患者さんを励ます。仮に再発しても、医師と患者さんが信頼で結ばれていれば、よりよい治療を目指して進むだけ。おそれることはない。

こんなふうに、鈴木が常に前向きに時間をかけて向き合ってきた患者さんは2000人以上。現在は外来や入院患者さんを診る一方、新薬導入のための治験にも熱心で、「うちは日本で一番多くの治験を実施している病院です」という。また、薬の副作用によって医師と患者さんがトラブルを起こさないためのマニュアルやプログラム作りにも取り組んでいる。

そんな鈴木の姿を見て育った息子も、父親と同じ医師の道を歩んでいる。しかも同じ血液内科。大学入試の面接で、「尊敬する人は父です」と答えたことを友人の医師から伝えられたときは照れくさかったが、うれしくもあった。その息子も今年37歳。鈴木が、がん治療に手応えを感じ始めたのと同じ年代だ。成長した我が子と講演をしたり、学会に出席したりするのが、今の楽しみでもある。

順風満帆。理想的に見える人生に挫折などなかったのだろうか。

「32歳のとき、アメリカ留学が決まっていたのですが、レーガン大統領が海外からの有給者採用を削減したため、留学の話が流れてしまいました」。残念だったが、その代わりに日本で志のある優秀な教授たちと出会うことができた。
「もっと悔しいのは、昔の患者さんに満足な治療ができなかったことです。亡くなった患者さんのことが思い出され、『今の治療法だったら、あの人を死なせずにすんだのに』と思うことがよくあります」

鈴木のモットーは、「朝は希望に起き、昼は努力に生き、夕は感謝とともに眠る」。一筋の道を誠実に歩み続けて約40年。今も情熱は衰えず、医療の進歩を担い、その責任は年々重みを増しているようにさえ感じられる。
(敬称略)

 

1982年、31歳のときの家族写真。「子どもの教育は妻(右)に任せきりでした」と鈴木。長男は医師、長女はデザイナー、この後に生まれた二女は舞踏家になった。

 

日本赤十字社医療センター 血液内科
多発性骨髄腫、白血病、悪性リンパ腫などの各種血液がんの他、厚生労働省の特定疾患に指定されているALアミロイドーシス、再生不良性貧血、特発性血小板減少性紫斑病などについても治療。血液疾患治療に対して、常に最新の治療を意識して取り組んでいる。

●問い合わせ
日本赤十字社医療センター
住所/東京都渋谷区広尾4-1-22
電話/03-3400-1311(代表)
HP/www.med.jrc.or.jp

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