部位別がん治療

胃がん治療の最前線

監修:瀧本 理修(たきもと・りしゅう)
医療法人社団 滉志会 瀬田クリニック新横浜院長

 

日本人の胃がんの罹患数は約13万人(男性9万人、女性4万人)で、日本のがん罹患数のトップです。一方、死亡者数は毎年約5万人。かつて「世界一の胃がん大国」と呼ばれた日本ですが、最近は罹患率、死亡率ともに大きく減少しています。そんな胃がんについて、瀬田クリニック新横浜の瀧本理修院長に胃がん治療の最前線を聞きました。

 

高齢化が急速に進み、高齢者ほどがんの死亡率が高いため、ほとんどのがんの死亡率が上昇傾向にある。一方、年齢構成の変化の要因を除いた年齢調整死亡率で見ると、生活環境の改善や医療技術の進歩で多くのがんの死亡率が低下傾向にあることが分かる。その中でも、胃がんの低下傾向は突出している。

 

胃がんの罹患率が低下している理由としては、食生活の欧米化が進んで塩分の少ない食事が当たり前になったことや、胃がんの原因の1つとされるピロリ菌の感染者が減っていること、さらに喫煙率の低下などが挙げられます。死亡率が低下している理由について、瀧本院長は「世界に先駆けて健診制度が導入され、胃がんの早期発見、早期治療ができるようになったことが大きい」と説明します。



除菌治療が保険適用になり、どんどん減少するピロリ菌感染者

戦後70年、衛生環境の向上に伴い、日本人のピロリ菌感染率はどんどん低下しています。現在、60代以上の日本人の過半数がピロリ菌に感染している一方で、20代の感染率は10数%、10代ではもっと少なくなっています。このままでいくと、将来、日本のピロリ菌感染者はさらに減少するかもしれません。

自然にピロリ菌感染者が減少する一方で、胃がん予防のために抗生物質で積極的にピロリ菌を除菌する人も増えています。WHO(世界保健機関)が1994年、ピロリ菌を「確実な発がん因子」と認定したことを受け、日本では2000年からピロリ菌の除菌治療が健康保険に適用されました。

当初、除菌対象者は胃潰瘍や十二指腸潰瘍などに限られていましたが、13年からは、すべての慢性胃炎の患者さんが対象になりました。ピロリ菌に感染していることが分かれば、誰でも健康保険で除菌治療が受けられるということです。瀧本院長は「除菌が保険適用されたことで、ますます胃がんの罹患率が減ってくると思います」と話しています。

ピロリ菌に感染しているかどうかを調べる検査法にはいろいろあり、内視鏡を使って調べる方法もありますが、それよりも、血液や尿、呼気などを使って調べる方法が簡便です。特に、炭素の同位元素を含んだ尿素を飲み、飲む前と飲んだ後の呼気を調べる「尿素呼気試験」は、体への負担も少なく、精度の高い方法です。ピロリ菌が作り出す酵素のウレアーゼが、胃の中の尿素を二酸化炭素とアンモニアに分解するので、もし、胃の中にピロリ菌がいれば、吐き出した呼気中に、炭素の同位元素を含んだ二酸化炭素が増加。尿素呼気試験は、その二酸化炭素の変化量を測定する検査です。

感染と診断された場合は除菌治療が行われます。治療には2種類の抗生物質を併用し、1週間ほどで終了。除菌できなかった人には耐性菌ができているので、さらに別の抗生物質を併用して2次除菌を行います。それでもだめだった場合は、さらに別の抗生物質を使って3次除菌をします。最終的な治療の成功率は9割前後です。



ピロリ菌の除菌治療を行えば胃がんは完全に予防できるのか



胃と食道の境目である胃の入口が噴門部で、胃の中心部分が胃体部、胃の出口を幽門部と呼ぶ。胃がんの約4割が幽門部で発生し、次いで3割が胃体部。噴門部などは比較的少ないといわれる。胃壁は内側から粘膜(上皮)、粘膜筋板、粘膜下層、固有筋層、漿膜の5層構造。


ピロリ菌が胃の粘膜に感染すると、粘膜に炎症が発生し、だんだん表面が萎縮してきます。この状態が長く続くと、がん化が始まります。これが、ピロリ菌ががんを引き起こすプロセスだと考えられています。

慢性胃炎の患者さんに除菌治療をすると、この萎縮が進行しないことが試験結果からも明らかになっています。また、除菌をした感染者としなかった感染者を10年間追跡調査した結果、除菌した人のほうが、胃がんの発生を抑制できたという報告もあります。

では、除菌をすれば胃がんになる心配がないのでしょうか。

瀧本院長によれば、「除菌に成功したと判定されても、残っていた菌が再増殖することがあります。また、ピロリ菌に再感染することもあるとの指摘もありますが、そのへんのところは、まだよく分かっていません」。

また除菌は、あくまでも病気予防のためで、胃がんを治療することはできません。ただ、ピロリ菌が原因で起こる「MALTリンパ腫」という胃の悪性リンパ腫は、早期に発見できれば、ピロリ菌の除菌治療だけでがんが治る場合があります。

 

日本人でピロリ菌に感染している人は約6,000万人といわれ、特に50歳以上の感染者が多い。しかし、除菌治療(抗生物質を朝夕2回、1週間服用)を受けることで、胃がんになる可能性は大きく軽減される。



キーワード 「ピロリ菌」
ピロリ菌は、正確には「ヘリコバクター・ピロリ」といい、「ヘリコ」は、「らせん」を意味する。その名の通り、胃の粘膜に生息するらせん状の細菌で、大きさは平均1000分の4mm。日本人の胃がんの98%が、ピロリ菌の感染が原因とされる。かつて、胃の中は強い胃酸だらけで細菌は生きられないと考えられていた。ところが1982年、胃酸を中和するアンモニアを自ら作り出して強酸の中で生存するピロリ菌を、オーストリアのウォーレンとマーシャルの2人の医師が発見。さらに84年、マーシャルがピロリ菌を自ら飲み込み、自分の体で急性胃炎を引き起こす実験に成功。ピロリ菌が胃炎を引き起こすことを明らかにした。2人はこの成果で2005年にノーベル賞を受賞した。

 

コラム 「胃食道接合部がん」
胃と食道の境目を「胃食道接合部」といい、この上下2センチの範囲の中心部にあるがんを「胃食道接合部がん」という。かつては胃がんとされたり、食道がんとされたりしたが、最近では胃がん、食道がんとは違う別のがんとして扱われている。胃酸が逆流し、胃と食道の境目がただれ、炎症を起こしてがんになると考えられる。ピロリ菌を除菌すると胃の粘膜の活動が活発になり、胃酸の分泌が増え、逆流性食道炎を起こしやすくなる。アメリカではピロリ菌陰性の人が多いので、逆流性食道炎が多く見られ、このため胃食道接合部がんの人が多い。ピロリ菌陽性の人がどんどん減っている日本では、今後、胃食道接合部がんが増えると考えられる。

 

早期がんは手術で治療。進行・再発がんには化学療法

リンパ節転移がなく、がんが粘膜(上皮)内に限局しているⅠA期なら内視鏡治療ですむが、それ以上に深く広がっている場合は外科療法が標準。術後、再発や転移の予防ために化学療法を行う。しかし、遠隔転移がある場合は、手術はせずに化学療法や放射線療法などを行う。

 

がん検診で胃がんが発見されるケースが増えています。

「特に早期の胃がんについては、内視鏡検査によって見つかるケースが多く、バリウム検査では見つけることが難しい」と瀧本院長。なお、内視鏡検査で胃のポリープが見つかることがよくありますが、大腸のポリープと違って、胃のポリープが、がん化することはほとんどありません。

胃がん治療は、遠隔転移がなければ手術になります。がんが胃の粘膜内にとどまっているⅠA期なら内視鏡手術が可能ですが、それ以外は開腹手術となります。遠隔転移のあるⅣ期の治療法は、抗がん剤だけで行われます。

なお、粘膜表面にあまり変化を起こさないスキルス胃がんは早期発見が難しく、見つかった時点ではかなり進行していることが多い、やっかいながんです。

治癒を考えるなら、現在のところ、抗がん剤だけでは困難です。化学療法には、Ⅱ期、Ⅲ期のがんを対象に、術後の目に見えない微小ながんの再発防止を目的とした「術後補助化学療法」や、延命・症状緩和などを目的とした「緩和的化学療法」があります。

「手術単独と、術後に抗がん剤のTS-1を処方した場合とを比較した日本臨床腫瘍研究グループの試験では、3年後の生存率が、手術単独群では70パーセント、TS-1群で80パーセントとなり、術後補助化学療法が有効であることが証明されました。

まだ試験的な段階ですが、治癒を目指して手術前に抗がん剤を投与して遠隔転移を消滅させ、ステージをⅣ期からⅢ期やⅡ期に落としてから手術を行う術前補助化学療法も臨床試験で行われています」

 

ボールマン分類とは、進行胃がんの形態を肉眼で見たときの分類法で、ドイツの病理学者、R・ボールマンが1901年に提唱した。1型から4型まであり、胃がんだけでなく大腸がんの分類にも用いられる。
キーワード 「スキルス胃がん」
胃がんの一種である「スキルス胃がん」は進行が速く、粘膜層の下で広がって粘膜表面には異常が出にくいため、検診などで発見されにくい。胃壁が硬化して特徴的な胃の動きをするので、胃カメラよりもバリウム検査のほうが見つけやすいという指摘もある。スキルス胃がんは胃がんの約10%を占め、男性よりも女性に、それも比較的若い女性に多い。発見時すでに腹膜播種や広範囲のリンパ節転移が見られるケースが多く、予後もよくないので、早期発見が非常に大切だ。

 


分子標的治療薬の登場によってさらに広がる治療の可能性

2011年から、がん細胞の特異的な性質をねらって攻撃する「分子標的治療薬」の1つ、トラスツズマブ(商品名ハーセプチン)が治療に使えるようになりました。トラスツズマブは、がん遺伝子のHER2(ハーツー)が過剰に現れている患者さんによく効くので、治療の前にHER2検査を行い、HER2陽性の患者さんに処方されます。

この薬は、一番最初に処方される1次治療薬として使えますが、残念ながらHER2が陽性となる患者さんは2割くらい。陰性の場合の1次治療はシスプラチンとS-1製剤の併用が第1選択になります。

15年には、がんの血管新生を阻害する分子標的治療薬ラムシルマブ(商品名サイラムザ)が登場しました。この分子標的治療薬は1次治療の効果がなくなった患者さんに対し、2次治療として、パクリタキセル(商品名タキソール)との併用で投与されます。

「ラムシルマブとパクリタキセルを併用した国際共同臨床試験では、生存期間に改善が認められました」

これ以外にも、レゴラフェニブ(商品名スチバーガ)やアキシチニブ(商品名インライタ)など、様々な分子標的治療薬による胃がん治療が試みられていますが、現在日本で使えるのは、トラスツズマブとラムシルマブの2つだけ。

「他に、レゴラフェニブやアキシチニブが病勢を安定化させたとの報告もありますが、薬の効果が急減するケースも認められ、単独より、他の抗がん剤との併用などのほうがいいかもしれません」と新たな展開も期待されます。

 

※相対生存率とは、がんと診断された人の5年後の生存率と、日本人全体で性別と年齢が同じ人の5年後の生存率とを比べた割合。100%に近いほど治療で命を救えるがんであることを意味する。



世界中が注目し、研究の進む免疫チェックポイント阻害剤

今、がん治療の世界では、がん細胞の働きによって活力を失ってしまった免疫細胞を再活性化してがん細胞を攻撃させる「チェックポイント阻害剤」が大きな話題となっています。

がんを攻撃するキラーT細胞には、免疫活動を活発にするアクセルの機能と逆におとなしくさせるブレーキの機能の両方が備わっています。一方、がん細胞は、T細胞の攻撃から逃れるために、T細胞のブレーキの機能を作動させる機能をもっています。免疫チェックポイント阻害剤は、がん細胞がこのブレーキに触れることができないようにブレーキにカギをかけてしまう働きをします。

様々ながんに対して、「免疫チェックポイント阻害剤がどの程度有効なのか」、現在、世界中で競うように臨床試験が行われています。日本ではすでに皮膚がんや肺がん、腎細胞がん、ホジキンリンパ腫でニボルマブ(商品名オプジーボ)が薬事承認されました。もちろん胃がんの臨床試験も世界中で行われています。

「2015年、米国臨床腫瘍学会で、胃がんに対してニボルマブが奏功したという発表がありました。国立がん研究センターも、ニボルマブの臨床試験を進めています。そこで有効性が証明されれば、日本でもニボルマブが胃がんに適用される可能性があり、有望です」



QOLの向上や延命効果が期待できる免疫細胞治療

化学療法で満足な結果が得られなかった場合は、患者さん自身の免疫細胞を体外に取り出し、培養・増強して再び体内に戻す「免疫細胞治療(活性化自己リンパ球療法)」も選択肢の1つとなります。

「2002年、手術後の再発予防において、抗がん剤などと併用した免疫細胞治療が、再発予防効果を高めるという報告が日本から上がりました。しかし、それ以降は少数の報告しかありませんでした。
それが16年、活性化自己リンパ球療法に関する217件の胃がんのデータを元に、活性化自己リンパ球療法が有効であるとの報告が中国からなされました」

 

瀬田クリニックグループの医療機関または連携医療機関では、1999年4月から2009年3月までに、免疫細胞治療を6回以上受けた患者さん5,460名のうち、原発臓器が肺、胃、大腸、肝、膵、乳、子宮、卵巣の4,049例を対象に治療成績調査を行った。そのうち、解析可能であった胃がんの患者さんの治療成績は円グラフの通り。瀬田クリニックグループでは、さらに大規模な解析を進めていて、近く研究論文を発表する予定だ。

 

さらに、瀧本医師が院長を務める瀬田クリニックでは、過去に行った約2000件もの胃がんに関する免疫細胞治療のデータが蓄積されており、近くその成果を学会発表する予定です。

免疫チェックポイント阻害剤は、眠っていた免疫細胞をめざめさせて、がん細胞を攻撃する治療法ですから、血液中に肝心の免疫細胞が少なかったら治療効果は期待できません。そこで、「免疫細胞を大きく増やす免疫細胞治療と、免疫チェックポイント阻害剤とを組み合わせれば、効果が倍増するのではないか」と期待されます。

瀧本院長も「確かに、免疫細胞治療と免疫チェックポイント阻害剤の組み合わせには効果が期待できます」としながら、「ただし、併用には慎重な対応が必要です。免疫チェックポイント阻害剤は使い始められてから日が浅く、副作用などもまだ明らかにはなっていません。併用での効果向上が理論的に期待されるからこそ、安全性に配慮しながら慎重に研究を重ねていく必要があります」といいます。

患者数、死亡者数、ともに減少しつつあるとはいえ、日本において、まだまだ患者さんの多い胃がんについては、これからも最新の治療に関する研究・開発が待たれます。

▶ハーセプチン®はジェネンテック社、サイラムザ®は日本イーライリリー社、タキソール®はブリストル・マイヤーズ スクイブ社、スチバーガ®はドイツ・バイエル社、インライタ®はファイザー社、オプジーボ®は小野薬品工業株式会社 ブリストル・マイヤーズ スクイブ社の登録商標です。

監修:瀧本 理修
医療法人社団 滉志会 瀬田クリニック新横浜院長

たきもと・りしゅう●1989年、産業医科大学卒業。同年、札幌医大医学部内科学第4講座に入局。98年、ペンシルバニア大学ハワードヒューズ研究所研究員。札幌医大助手(2001年)、同講師(05年)、同腫瘍診療センター化学療法管理センター化学療法管理室長(08年)を経て、14年、同腫瘍血液内科学講座准教授に。16年より現職。趣味はマラソン、読書。(取材時現在)

瀬田クリニック新横浜
http://www.j-immunother.com/group/shinyokohama