治療現場からの症例レポート

切除不能局所進行膵がんに対する抗がん剤と免疫細胞治療の併用療法

がんの中で最も手ごわい膵がんに対し免疫細胞治療で挑んでいる医師たちがいる。名古屋大学医学部附属病院光学医療診療部の廣岡芳樹准教授らのグループだ。がんに直接免疫細胞を打ち込むという、世界でも類を見ない臨床研究が今、行われている。

膵がんは病気が進行して見つかる場合が多い。その場合は手術では対応できず、抗がん剤治療が行われる。予後は良くはなく、5年生存率は14〜15%ほど。治療を受けなかったら余命3カ月ほどとも言われる難治がんの代表だ。

廣岡准教授は消化器内科が専門。多くの膵がん患者を診てきて、少しでも有効性が高い治療法はないかと探ってきた。2004年ころ、世界的な医学雑誌『ネイチャー・レビュー・キャンサー』に出ていた一つの論文に目が止まった。膵がんの標準的治療薬・ゲムシタビンと免疫細胞治療は相性が良いことを示唆したものだった。

この論文にヒントを得て臨床研究が始められた。治療対象は切除不能の局所進行膵がん。治療のプロトコールは、ゲムシタビン投与の3日後に免疫細胞治療を行うというものを、何回か繰り返す。

 
VOL.2症例レポート

 
廣岡准教授が取った免疫細胞治療の手法は、とてもユニークだ。まず、患者の口から入れた超音波内視鏡を使い、胃壁越しに膵臓の超音波画像を見ながら膵がんの位置を見定める。そして、内視鏡の鉗子チャンネルを通した細い(22ゲージ)穿刺針を用い、患者から事前に採取しておいた樹状細胞を病巣に注入する。

樹状細胞は、敵への攻撃を行う際の指揮官役の細胞だ。敵の目印を「味方」に掲げ、攻撃部隊を敵に向かわせる。敵である膵がんに打ち込むと、敵の目印を効率よくキャッチすることができる。治療にかかる時間は10分ほど。超音波内視鏡を使い、膵がんに対して免疫細胞を打ち込むという臨床研究は、ファーストライン治療(最初に行われる治療)としては世界初とみられる。

今回の研究では、ゲムシタビン投与と樹状細胞による治療に加え、がんの攻撃部隊の細胞を増やして体に戻す「活性化自己リンパ球療法」も併用した。研究参加者は5人(男性1人、女性4人。年齢40〜60歳代)。うち3人に臨床効果が認められたという。

著効例は治療当時40歳代の女性。がんは膵臓に接する上腸管膜動脈を巻き込むような形に広がっており、長径は4.5センチにもなっていた。ゲムシタビン投与と二つの免疫細胞治療の併用によって1センチほどに縮小した。幸い、上腸管膜動脈への浸潤はなく、手術で病巣部を切除することができた。この女性はその後、762日間生存。従来の標準的な治療では生存期間中央値は300〜400日ほどとされるので2倍ほどの期間生きることができたことになる。

 
vol2_shorei_2

 
三つの治療を併用する臨床研究では、免疫細胞治療自体の有効性を証明できないのではないか、との質問に対し、廣岡准教授は「著効例で切除した膵がんには、樹状細胞により誘導されたリンパ球が多く見つかるなど、がん特異的な免疫反応が確認された」と話す。治療に伴う副作用は白血球や赤血球の減少など軽いものだった。

研究グループは目標症例を10例とした新たな臨床研究を実施中だ。廣岡准教授は「免疫細胞治療を受けた患者さんは肝臓への転移が少ない傾向にある。肝転移の有無は直接、命にかかわる。新たな研究で、さらに有効性や安全性を確認したい」と抱負を語る。

 

廣岡芳樹准教授超音波内視鏡を扱う高い技術が研究を可能にした
膵がんに対する抗がん剤と免疫細胞治療の併用療法を生み出した背景には、廣岡准教授を中心とした名古屋大学病院光学医療診療部が「超音波内視鏡」の扱いに熟達していたことがある。廣岡准教授は、名古屋大学医学部卒業後の研修先である半田市立半田病院で上司から超音波検査を教え込まれた。以後、患者への負担が少ない「超音波」を使った検査・治療の研究がライフワークになったという。

廣岡芳樹准教授(名古屋大学医学部附属病院光学医療診療部)
※取材時現在