がんと免疫

がん治療で注目される「免疫の力」(後編)

2015年9月23日

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免疫の仕組みを応用した様々な免疫治療が登場

がんと免疫の関係に着目して開発されたのが、「がん免疫療法」です。体内に備わっている免疫の仕組みや免疫細胞の特性を応用し、免疫の力を強化して、がん細胞を攻撃しようという発想から生まれました。

1980年代ごろから研究されてきたがん免疫療法は、治療効果に乏しいと言われた時期もありました。しかし、近年では、分子生物学や免疫学、細胞工学の著しい発展により、世界的な科学雑誌で最重要研究成果に選ばれるなど、がん治療において免疫の力が欠かせないことが、医師や研究者の間でも広く認知されつつあります。

がん免疫療法の中で、現在、科学的なアプローチから研究や臨床応用が進んでいるのが、「抗体治療」「ペプチドワクチン療法」「免疫細胞治療」です。

免疫細胞の1つ、B細胞が産出する抗体の働きを利用したのが、抗体治療(抗体医薬)です。この治療では、「抗体」という物質をベースに開発された薬を投与します。抗体ががん細胞にくっつくことで、がん細胞が増殖しようとする信号や、免疫の働きを弱めようとする信号を遮断して、がんを抑え込もうとする治療です。近年では、抗がん剤の中でもこの抗体医薬が非常に注目され、多くの薬が開発されています。

人工的につくったがんの目印であるがん抗原ペプチドを体内に投与し、がん細胞を攻撃するのが、ペプチドワクチン療法です。がんの目印を体内に入れることで、体の中で免疫反応を起こさせて、がんを抑え込もうとするものです。

これらの療法が、人工的につくった抗体やがん抗原ペプチドを投与するのに対し、患者さん自身の免疫細胞をいったん体の外に取り出して、大幅に数を増やして強化し、再び体内に戻して免疫機能を高めるのが免疫細胞治療です。自分の細胞を使うため、大きな副作用がない全身療法として期待されています。

免疫細胞治療は、かつては「がん治療第4の選択肢」と言われ、3大治療で効果がなかった患者さんが受ける治療のイメージがありましたが、最近では早期から他の治療と併用することで、そうした治療の基盤となり治療全体の効果を高めるものという考え方に変わりつつあります。畑で作物を育てる際に、その土壌を良くするような治療ということです。

 

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近年、がん治療は、複数の治療法を組み合わせる「集学的治療」が重要との見方が常識となっている。

 

 

また、がんは手術などで取り去っても、目に見えないがん細胞が残り、再発に至る場合があります。再発予防に化学療法を行う場合もありますが、これに免疫細胞治療を併用することで、併用しない場合に比べて約2倍の生存率が得られたというデータもあります。このようにできるだけ早い段階で治療を行うことが、免疫細胞治療の特性を生かし、より高い効果を生むと考えられています。

 

免疫細胞治療のがん再発予防効果(千葉県立がんセンター木村医師の研究データ)
図は元・千葉県がんセンター木村秀樹医師「Cancer」(1997)発表論文を元に編集部にて作成

肺がん手術後の再発予防治療として、免疫細胞治療を行った臨床試験結果。抗がん剤に免疫細胞治療を併用しなかった患者さん(88名)の5年後生存率は約33%だったのに対し、併用した患者さんでは約55%と大きく向上。

 

 

がん細胞の特徴に応じて治療法を決めることが重要

免疫細胞治療は、患者さんから採血し、白血球の中から必要な免疫細胞を取り出して増殖・活性化・機能強化し、再び体に戻すことで行います。採血と、細胞を体に戻す注射または点滴のみですので、患者さんに大きな負担なく、通常1時間程度の外来通院で治療を行うことができます。

 

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また、治療にはいくつかの種類があり、がんを攻撃する兵隊細胞を強化する「活性化自己リンパ球療法」と、司令塔の細胞である樹状細胞を利用する「樹状細胞ワクチン療法」に大別されます。

さらに、活性化自己リンパ球療法は、細胞の種類によって「NK細胞療法」「アルファ・ベータT細胞療法」「ガンマ・デルタT細胞療法」「NKT細胞療法」などに分かれます。

 

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では、どの治療法を選ぶといいのでしょう。

実は、がん細胞の特徴も免疫の状態も人によって異なります。つまり万人に適した治療法というものがあるわけではないのです。そのため、免疫細胞治療を受ける医療機関で事前に検査を受け、患者さんのがん細胞の状態を調べたうえで、それぞれに適した治療を選択しなければなりません。

免疫細胞治療は、まだ保険が適用されていない新しい治療であり、すべての医療機関で受けられるわけではありません。

東京大学医学部附属病院の呼吸器外科では、標準的に用いられる抗がん剤治療で効果が得られず、有効な治療法のない「標準治療抵抗性」の肺がんに対して、先進医療としてガンマ・デルタT細胞療法の臨床研究が行われています。九州大学先端医療イノベーションセンターでは、樹状細胞ワクチン療法、アルファ・ベータT細胞療法、ガンマ・デルタT細胞療法が行われ、NK細胞療法の臨床試験も開始。大学病院をはじめとする各医療機関で、免疫細胞治療の研究や臨床への応用が進んでいます。

しかし、先進医療や臨床研究は、適応になるがんの種類が限られていますし、その他にも様々な条件が設けられており、治療が受けられる患者さんは限られています。そのため、保険外診療(自費診療)として治療を行っている民間の医療施設が全国にあります。

 

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2014年11月には、「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」が施行され、免疫細胞治療を行う医療機関は、すべて厚生労働省への届け出が義務付けられました。

このように、患者さんにとって安全に、また信頼できる施設で治療を受けられる環境が整いつつあります。もちろん、がん免疫療法も万能ではなく、まだ発展途上の治療であるため、更なる効果の検証が必要です。それでも、今後、がん治療における免疫分野の重要性はますます高まってくると考えられます。こうした新たな治療や薬の開発が進むことは、患者さんにとっても大きな希望であると言えるでしょう。

 

患者さんのがん細胞を調べ、治療を選ぶ「個別化医療」が大切
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免疫細胞治療は、使用する細胞の種類や技術によって様々な種類がありますが、患者さんのがん細胞は人それぞれ千差万別であり、その特徴を把握して治療を選択することが非常に重要です。
当院では、免疫細胞治療の中でも主要な5種類の治療法を行っていますが、最初に患者さんのがん細胞を特殊な検査で調べて、そのうえで最も効果が期待できる治療法を選択しています。
このように患者さんごとに遺伝子や細胞の特徴を調べ、最適な治療選択をすることを「個別化医療」と言い、分子標的薬などの最近のがん治療では一般的になっています。どんなに最新の治療、最新の薬でも、体に合わないものだと治療効果が期待できない、ということを知っておく必要があります。