がんと免疫

肺がん治療の最前線

監修:高橋和久(たかはし・かずひさ)
順天堂大学大学院 医学研究科 呼吸器内科学教授

EGFRやALKの他にも、治験中の分子標的薬はたくさんあります。例えば、「ROS1融合遺伝子」陽性の患者さんにはザーコリが有効で、2017年春にも非小細胞肺がんに適応拡大されそうです。また「RET融合遺伝子」陽性についてはバンデタニブ(商品名カプレルサ)の治験が進められています。

しかし、たとえEGFR遺伝子変異陽性患者さんにイレッサやタルセバ、ジオトリフを投与しても、多くの場合、8~14カ月すると治療効果がなくなってきます。がん細胞がこれら分子標的薬に対して耐性を獲得してしまうからです。こうした患者さんからがん細胞を取って遺伝子を調べると、約半数の患者さんで、T790Mという耐性遺伝子(※2)が陽性になっていることが分かりました。そこでT790M陽性となったがんに対してはオシメルチニブ(商品名タグリッソ)が開発され、臨床で使えるようになりました。この薬は、がんが画像上ほとんど消えてしまうほどの劇的な効果がありますが、1年前後使っているとまた耐性ができてしまうケースがほとんどです。しかしこの耐性遺伝子も見つかっており、現在、薬剤が開発されています。

このように多種多様な分子標的薬が開発され、臨床で使われているのは、固形がんの中では肺がんが一番だと思います。

 
※2 病原菌やがん細胞を攻撃して疾患を治療するはずの抗生物質や抗がん剤などの薬剤に対して、病原菌やがん細胞のほうが抵抗力をもち、そのために薬剤が効かなかったり、効きにくくなったりする現象を医学や薬理学の分野では、「耐性」「薬物耐性」といいます。耐性遺伝子とは、こうした抵抗力を細菌や細胞に与える遺伝子のことです。

 

vol10_meneki_06a
非小細胞肺がんに対する抗がん剤治療の歴史は、抗がん剤単体での治療から、複数の抗がん剤の併用、分子標的薬という具合に進歩してきた。全生存期間も、何もしなければ3カ月程度だったものが、単剤、2剤併用、と徐々に生存期間が長くなり、分子標的薬を使うと約3年まで延ばすことができるようになった。

 

完治も期待できる免疫チェックポイント阻害剤

最近、最も注目されているものに免疫療法の一種である「免疫チェックポイント阻害剤(※3)」があります。がん細胞を攻撃するT細胞には、勝手に暴走すると危険なのでいくつかのブレーキ装置が備わっていて、これを「免疫チェックポイント」と呼びます。

がん細胞は、ときに巧みにこの免疫チェックポイントを利用して、T細胞にブレーキをかけてT細胞からの攻撃を逃れようとするのです。がんによるブレーキが、かからないようにする薬が免疫チェックポイント阻害剤です。

抗がん剤ががん患者さんに与える影響を生命曲線で表わした場合、通常、抗がん剤を投与すると、患者さんの生存曲線はがんの勢いに負けて右肩下がりにジワジワと下がっていきます。そして、いずれはゼロになります。ところが、この免疫チェックポイント阻害剤を使うと、最後のほうでほぼ水平になる。つまり一部の人は亡くならないのです。「15%くらいの患者さんが治癒するのではないか」とさえいわれています。

日本発の免疫チェックポイント阻害剤である「抗PD-1抗体薬」のニボルマブ(商品名オプジーボ)は、それまで皮膚がんのメラノーマ(悪性黒色腫)に適用されていたのですが、2015年12月に進行・再発の非小細胞肺がんの患者さんにも適用されるようになりました。このオプジーボは分子標的薬と異なり、遺伝子変異の有無にかかわらず、すべての非小細胞肺がんに適用できます。これは、よく効く分子標的薬がなくて従来の抗がん剤しかなかったEGFR遺伝子変異がない患者さんにもよく効きます。むしろ、EGFR遺伝子変異が陰性だったり、タバコを吸っていたりする人のほうがよく効くとされ、扁平上皮がんにも効きます。

これまでの分子標的薬は、ほとんど腺がんだけに有効で、残りの扁平上皮がんや小細胞がんに効く分子標的薬はありませんでした。この2つのがんは、喫煙が原因とされることから、「タバコ肺がん」とも呼ばれています。オプジーボは、このタバコ肺がんにも有効なので、「タバコ肺がんに効く薬があるのなら、タバコを吸っていても問題ないのではないか」とジョークをいう人すらいます。

現在、この薬は小細胞肺がんには適用されません。小細胞肺がんは、分子標的薬も免疫チェックポイント阻害剤も使えず、現在、肺がんの中で一番取り残されているがんなのです。しかし、小細胞肺がんに対する治験も現在進められており、将来は、免疫チェックポイント阻害剤が使えるようになるかもしれません。また、Ⅳ期以外での導入も有効なのではないかということで、Ⅲ期の肺がんの治験も進められています。

 
※3 がん細胞は、免疫細胞の攻撃から自分の身を守るために、免疫チェックポイントという仕組みを悪用して、その働きを抑えてしまいます。このがん細胞の働きを取り去り、免疫本来の力でがんを治療しようとする薬が免疫チェックポイント阻害剤です。2014年に日本で初めて承認され、関心を集めています。

前のページへ 次のページへ