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医療の未来を切り拓く!「iPS細胞」の作製に成功した山中伸弥博士がノーベル賞を受賞

2013年5月13日

「人工多能性幹細胞」iPS細胞(induced pluripotent stem cell)は、さまざまな細胞への分化が可能な「多能性幹細胞」の一つである。体細胞に特定の遺伝子を組み込むことで初期化され、体中のほぼすべての細胞になることができる。将来、難病患者の細胞からiPS細胞をつくることで、難病に至る原因究明や、新薬の開発、臓器そのものの再生など、無限の可能性が期待されている。この細胞を生みだしたのが京都大学の山中伸弥博士で、2006年8月のiPS細胞作製の発表からわずか6年という異例のスピードで、2012年12月にノーベル生理学・医学賞を受賞した。世紀の大発見だが、その過程は挑戦と挫折の繰り返しだった。

挫折からはじまった基礎研究の道

1962年、大阪で生まれた博士は、神戸大学医学部に進み、整形外科医の道を歩む。卒業後は、研修医として勤務するも、普通の整形外科医なら20分ですむ手術に2時間かかるなど、外科医としての適性を自分に問いかける日々が続く。さらに、重症患者の前に、なす術がない現代医療の限界を感じ、基礎研究への転身を決意した。

大学院で4年間、基礎研究を学んだ後、新しい技術を求め、サンフランシスコのグラッドストーン研究所で研究に没頭した。

そこで身に付けたのが、ヴィジョンをもってハードワークする「VW(Vision and Work Hard)」という姿勢。明確なヴィジョンをもって研究に臨むという考えが、その後の博士に大きな影響を与えた。

一方で当時、ほぼすべての細胞になることができる「万能細胞」ES細胞が注目を集めていた。アメリカでの研究のさなか、このES細胞の分化多能性維持に重要な遺伝子「NAT1」を発見する。これがきっかけで、帰国後には本格的にES細胞を使った研究を始める。

ちょうどその頃、日米の研究環境の違いから、うつ病に悩まされ、一時は研究者廃業も考えた。しかし、ES細胞の可能性が理解されはじめたこと、1999年に最先端の研究環境をもつ奈良先端科学技術大学院大学の助教授に着任したことをきっかけに、希望を取り戻し、新たな挑戦を模索する。

「万能細胞」と呼ばれるES細胞だが、ヒトのES細胞の作製には、ヒトの胚、つまり、胎児になる前の細胞の固まりを使う。それは生命の萌芽を破壊することを意味し、倫理的な問題がつきまとっていた。

そこで、普通の体の細胞からES細胞のような「万能細胞」の作製を試みる研究が始まった。

ヒトのiPS細胞の顕微鏡写真2004年、京都大学に籍を移し、約3万あるといわれるヒトの遺伝子のなかからES細胞のような性質を持つために必要な遺伝子を24個選びだした。さらに研究を重ねて2006年、最終的に4つの遺伝子をマウスの皮膚細胞に導入し、iPS細胞を作製することに成功。世界に衝撃を与えた。翌年には同様の方法でヒトのiPS細胞作製にも成功した。

ノーベル賞の受賞後、「ノーベル賞も私にとっては過去形になる。これからの研究が大切なので、一生懸命やりたい」と新たな研究への決意を語る山中博士。

iPS細胞を医薬品のスクリーニングに利用した効率的な創薬や、さまざまな組織の再生、免疫細胞を量産してがん治療に応用する研究など、将来の臨床応用に向けた研究開発がいま活発に進む。

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