がんを明るく生きる

ポジティブな気持ちをいつも持つこと―大野俊三(ジャズトランペッター)

リラックスしたなかでの演奏が大事だと感じるようになれたのは、がんになってプラスだったことですね

不自由はある。でも、表現の幅は広がった。がんも悪くない。

手術は96年2月。右の扁桃がんの周囲のリンパ節や筋肉をかなり切除したため、当初は、口を開くのも手でこじあけなければならない状態だった。

「さらに苛酷だったのは、放射線治療。強い副作用で一晩中嘔吐が続き、眠ることも食べることもできませんでした」

がんを明るく生きるVOL.2口横の筋肉を切除したことで顔がゆがみ、音も出せなくなったところからトランペットの基礎練習を繰り返した。失った口横の筋肉の代わりに頬の筋肉が発達し、ゆがみが治るまで十数年かかり、ようやくミュージシャンとして復活した。しかし、今も、自由にならない肉体と戦っている、と大野さんは言う。

「例えば山に登るときに、力がある人は一直線に山頂まで登りますよね。でも、今の僕は一直線で登れないから、まわり道をしながら音楽の頂上に登るんです。つまり、僕にはまわり道をする知恵がついたわけで、それはむしろ、とてもよかった。真っすぐに頂上を目指していたときには見えなかった景色が、いっぱい見えるから。芸術の表現という総合的な視点から見れば、こちらのほうがいいんだな、と今は思います」

いい意味で、力が抜けた状態のなかで、全力で演奏することが大事なのだと感じる、と大野さん。

「それは、がんになったからこそ分かったこと。『もう駄目だ』と思ったこともたくさんありました。でも、必死に乗り越えてきたことで、今は何があっても大丈夫と思えるようになりました」

がんを明るく生きるVOL.2

がんを明るく生きるVOL.2大野俊三さんの今
東日本大震災の後に創り上げたヒューマニティー溢れるアルバム「ALL IN ONE」を、12年6月にリリース。CDジャケットのアートワークは「世界は、みんな一つの糸で繋がっている。人は皆一人。でもひとりじゃない。それぞれが負けないで、生き抜いていくことの尊さ。そして互いに思い助け合っての共同体なんだ」というアルバムのコンセプトを象徴。その精神は、全ての曲に息づいている。
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