元気そうに見えるがん患者さんでも、心の底には深い悲しみを抱えています。それを解消するために樋野先生は対話を続けます。「1人のために時間を費やすこと、1人の患者さんのすべての要求に応えることが大切だ」と先生は言います。
無理に明るく振る舞うタイプと、むやみに悲観しすぎる人――がんの患者さんは、大きくこの2つのタイプに分かれます。がんの治癒率は年々上がってきてはいるものの、やはり命に関わる病気であるという現実が重くのしかかってくるため、自然体でがんと「付き合う」のは難しいのかもしれません。
そこで今回は、こうした一見、タイプの違う2人の患者さんとの出会いをご紹介しようと思います。
明るい表情であいさつをしてくれたのは70代の男性。膀胱がんを患って20年が過ぎようとしていると言います。明るいのは、がんとの「付き合い」が長期化しているからでしょう。闘病生活も長くなると落ち込んでばかりはいられません。でも、実際にお会いしてみると、深い悲しみを抱えていて、それを解消できずにいるということが分かりました。そんな患者さんに私がアドバイスをしたのは、「がんとは、不良息子を見守るように寄り添ってみてください」ということです。
不良息子が立ち直るまでに、どのくらいの期間を要するかは予測がつきませんし、一筋縄ではいかないのは確か。それでもかわいいわが子ですから、見捨てることはできません。焦ることなく穏やかな気持ちで見守り、共存してほしいという気持ちを言葉に託しました。
病気の場合は、完治しない限り、問題が「解決」することはありません。けれども、気持ちの持ち方によって「解決」はできなくとも、「解消」は可能です。「解消」とは、問題はなくなっていないけれど、悩みを問わなくなることです。「解決」だけを意識すると、それができない場合は、かえってストレスになってしまう。必要なのは「解決」ではなく、「解消」なのです。
もう1人は、20代前半で乳がんを患った女性の場合です。治療は一段落したものの、将来への強い不安から身動きとれずにいまし た。「夫との関係もギクシャクしている」と言います。そこで、「病気であっても病人になってはいけません。自分の能力を人のために使いましょう。どんどん外へ出ていきなさい」と提案しました。
仕事でもボランティアでも、何でもいい。外に出れば、良き友、良き師、良き書との出会いが待っています。自分のことばかり考えていた状況から脱し(私はこのことを自己放棄と言っています)、人のために生きるのです。
がん哲学カフェに参加して、いろいろな人と知り合うのもいいでしょう。「こんなふうに生きてみたい」という人との出会いもあるでしょう。そうしたらその人をまねてみましょう。いいものはどんどんまねたらいいのです。それが教育の基本ですから。そんなふうに暮らし方を変えてみると自分も変わるので、ご主人との関係も改善されていくはずです。
彼女の場合、若くして病気になったことを悔やんでおられるようでしたが、病気を1つのチャンスととらえてみてはどうか、ということもお伝えしました。私は人間の考え方や生きる姿勢というのは25歳までに決定すると思っています。だから、それまでに良き師や書と出会っておくことが大切です。25歳前に病気になったということは、ここで改めて人生を見つめるきっかけを与えられたという理解もできるのではないでしょうか。良書としておすすめしたいのは、内村鑑三の『代表的日本人』と、新渡戸稲造の『武士道』。これらの書物には、素晴らしい言葉がたくさんちりばめられています。素晴らしい言葉は人生を豊かにし、病気の特効薬にもなるのではないかと思います。
樋野興夫(ひの・おきお)
医学博士。米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター、米国フォクスチェースがんセンター、癌研実験病理部長を経て、順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授に就任。一般社団法人がん哲学外来理事長も務める。著書に『がんと暮らす人のためにがん哲学 の知恵』(主婦の友社)、『がん哲学外来コーディネーター』(みみずく舎/ 医学評論社)、『いい覚悟で生きる』(小学館)など。
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