予期せぬがん告知や手術の後遺症、化学療法による副作用などのダメージから適応障害やうつ病に陥るがん患者さんは少なくありません。15年ほど前から、こうした患者さんをサポートする精神腫瘍科の必要性を感じていたという平先生に、具体的な患者さんの事例から、どういった支援やケアができるのか紹介してもらいました。
心理的支援と薬物的支援の2つの支援で患者さんをサポート
明らかに精神的ダメージを受けていると分かる人から、自覚のないまま不眠や動悸に悩んでいる人まで、がん患者さんの心の問題に起因する症状は様々。強いストレスを受けても、ふつうは2週間ほどで回復しますが、難しい場合は、精神腫瘍科などで支援を受けるとよいでしょう。適応障害やうつ病を発症すると、日常生活やがん治療にも悪影響を及ぼすからです。
精神腫瘍科を訪れる患者さんのタイプは、心理的支援を求めるタイプと、薬物的支援を必要とするタイプ、大きくこの2つに分けられます。心理的支援とはコミュニケーションで、医師は患者さんの悩みをじっくり聞いて、一緒に考えるというスタンスをとります。患者さんの頭の中でこんがらかってしまった悩みや問題を一緒に整理していく。迷っている患者さんの足元を照らして、安心感を与えることが大切です。
一方、手術の後遺症や抗がん剤治療の副作用による不眠や痛み、しびれなどが精神にダメージを与えている患者さんには薬物的支援が必要で、症状を緩和するための薬を処方します。精神科で出す抗うつ薬には、痛みやしびれを軽減する効果があり、実は神経系の痛みを和らげる治療は、精神科医が得意とする分野なのです。
さらに、患者さんだけでなく、ご家族やご遺族が強い精神的ストレスから立ち直れなくなってしまうこともあり、その治療にも同じように取り組んでいます。
薬物的支援を必要とするAさん(乳がん60代)のケース
不眠やしびれを薬でコントロールすると心の状態もよくなる
当院の乳腺外科からの紹介でおいでになった乳がんの患者さん。手術の後遺症と抗がん剤治療の副作用で、手の震えやしびれがあり、動悸も激しく、緊張状態が続いて夜も眠れないとのこと。初診の際は、うずくまったままであいさつもできない状態でした。
がんになったことで、「以前は当たり前にできていたことができなくなってしまった」という喪失感が、Aさんを追い詰めたのでした。
自営業のため、仕事は夫と自分が二人三脚でやってきたそうです。職場では長年運転を担当し、家庭ではテキパキと家事をこなしてきたAさんですが、しびれによって運転はおろか、料理すらできなくなってしまいました。そうなった自分を「価値のない人間」と責め続けた結果のうつ病発症でした。
安定剤や抗うつ薬を処方することで回復の兆しが見えてきても、不安なことが起こるとまた元に戻ってしまう。こういう患者さんの場合は、薬の効果で気持ちが落ち着いてきたら、自分のできることを見つけて、自信を取り戻していく作業が大切です。できなくなってしまったことはとりあえず横に置いて、新たな生活を見つけるのです。Aさんの場合、仕事面では経理というポジションを見つけました。また、不眠が解消されてくるとともにしびれも和らいで、料理や編み物ができるようになり、自分の中に新たな価値を見出すことができました。
心理的支援を必要とするBさん(乳がん40代)のケース
専門医とのコミュニケーションによって頭と心のギャップを埋める
看護師のBさんが当院の精神腫瘍科に最初にお越しになったのは、彼女の夫がこの病院で胃がんの治療を受けたからでした。しかし、2013年に夫は他界。「仕事だけは続けなさい」という彼の遺言を守って気丈に仕事を続けていたBさんでしたが、喪失感を紛らわすために毎晩飲酒するようになり、体調は悪く、動悸も激しくなっていきます。本人は更年期のせいだと思い込んでいましたが、精神腫瘍科を受診して、初めて自分が適応障害であることが分かりました。
高齢の両親や、父親を亡くしたばかりの子どもたちに、「余計な心配はかけられない」と適応障害については隠していましたが、医師になら悩みや不安を包み隠さず話すことができ、それがストレス発散になったのでしょう。Bさんの体調は少しずつですがよくなっていきました。「もう卒業!」と私がBさんを送り出したのは、15年4月のことでした。
しかし、1カ月も経たないうちに、今度はがんの患者さんとして戻ってきてしまいます。両乳房にがんが見つかったのです。最初は右胸だけと思われたのですが、検査の結果、左胸にもがんがあることが判明し、その落ち込みは相当なものでした。全摘出手術の後、手術跡を見せてくれましたが、「女性らしさを失って、恥ずかしさも消えてしまった」と悲しそうに語る姿が思い出されます。乳がんの外科的手術を受けた患者さんは喪失感が大きく、精神的にバランスを崩す人が多いようです。
ベテラン看護師としての経験から、ほとんどのことが頭では整理できるが、心がそれに付いていかないと、しばらくはそのギャップに悩んでいたBさん。しかし、最近では、コミュニケーションによる治療によって改善が見られるようになりました。抗がん剤の副作用に苦しみながらも仕事を続け、「病気になって、患者さんにはもっとやさしくしようと思った」と前向きに語っています。