わたしたちの身体は、免疫という優れたシステムによって、病原体などの様々な危険から守られています。今号では、この免疫システムを利用した「がん免疫治療」について解説します。
初期攻撃を担当する「自然免疫」と、がんの情報を受けて攻撃・防御する「獲得免疫」
免疫とは、身体にとって危険な病原体や異常な細胞などを監視・排除しようとする生体防御システムです。
なかでも、病原体の発見と初期攻撃をするのが「自然免疫」と呼ばれる免疫システムで、マクロファージやNK(ナチュラルキラー)細胞、好中球、樹状細胞などが担います。
これに対し「獲得免疫」は、自然免疫が初期攻撃で得た情報を受け取って活性化し、病原体への集中攻撃と防御を担当する免疫システムのことです。これは、生物が進化した過程で獲得した免疫で、T細胞やB細胞が主に担います。この二つの免疫システムによって、わたしたちの身体は様々な危険から守られています。
2011年のノーベル生理学・医学賞を免疫学者3人が受賞したことに象徴されるように、近年の免疫学の著しい進歩により、免疫システムの複雑な仕組みが解明されてきており、様々な病気に対する治療への応用が期待されています。従来の治療や医薬品では克服が困難であったがんに対しても、この免疫システムを利用した治療や医薬品の研究、臨床応用が活発に進められているのです。
がん治療の中でも、免疫システムを利用した治療は「がん免疫治療」と総称され、いくつかの種類があります。ここでは、科学的なアプローチで研究、臨床応用が進められている三つの治療法を見ていきます。
一つは、B細胞が産出する抗体の働きを利用した「抗体治療」。人工的に作った抗体を患者へ投与することによってがんの増殖を抑制したり、免疫細胞を呼び寄せてがんを攻撃します。
「ペプチドワクチン療法」と「免疫細胞治療」の二つは免疫細胞の働きを活性化させることでがんを攻撃します。「ペプチドワクチン療法」は、がん細胞だけが持つ目印(抗原)を人工的に作り、それを患者の体内へ投与することで、体内の免疫細胞を活性化しようとするものです。
それに対し「免疫細胞治療」は、免疫細胞を体外へ取り出し、大幅に増殖、活性化させます。その後、再び体内へ戻し、強化された免疫細胞が、がんを攻撃します。
治療法によって違う活躍する免疫細胞
抗体医薬は、日本でも数種類が承認され、抗体医薬を含む分子標的薬が、抗がん剤開発の主流になりつつあります。しかし、抗体治療にも弱点があり、がん細胞が持つ目印(標的分子)が細胞の表面へ出ている場合は結合できますが、内部にある場合は対応できません。
その点、免疫細胞は細胞の内部に存在する標的分子を認知する力を持つため、ペプチドワクチン療法や免疫細胞治療が重要となってきます。ただし、ペプチドワクチン療法では、エフェクター細胞の誘導が体内で行われるため、期待する反応が起きるとは限りません。
それに対し、免疫細胞治療では、増殖・活性化・機能付加した免疫細胞を投与するため、確実性がより高いと言えます。また、免疫細胞治療と抗体治療は併用することで、相乗効果が期待できることもわかっています。たとえば、NK細胞やガンマ・デルタT細胞は、抗体医薬のADCC活性により、がんと結合した抗体に引き寄せられ、がん細胞を攻撃します。免疫細胞治療により、これらの細胞を増殖・活性化して投与すれば、より高い効果が期待されると考えられます。
標準的がん治療を支える免疫の力
患者自身が持つ「免疫の力」を利用する免疫治療の重要性は、「免疫の力」そのものの解明によって、さらに増しています。2007年のフランスの研究グループの報告によると、免疫機能をわざとなくしたマウスと正常なマウスに、がんを植え付け、抗がん剤治療を行ったところ、正常なマウスでは、がんの増殖が抑えられたのに対し、免疫不全のマウスでは、がんが大きくなりました。
これはどうしてなのでしょうか? 免疫が正常な場合、抗がん剤で死滅したがん細胞を、マクロファージや樹状細胞などの自然免疫が取り込み、その情報を獲得免疫のT細胞やB細胞へ伝え、がん細胞を攻撃目標に定めます。しかし、免疫不全のため、このシステムが働かず、がん細胞を免疫細胞が攻撃することができなかった。すなわち、「免疫の力」がなければ、標準的がん治療も、十分な効果を発揮できません。
このように免疫治療は、がん治療分野において、他のあらゆる治療の基盤となるものであるという考え方が広がりつつあります。
がん治療は、複数の治療を戦略的に組み合わせ行う「集学的治療」が重要であるという考え方が常識となっています。がん免疫治療は、他の治療が功を奏さなかった場合の最後の選択肢ではなく、早い段階で他の治療と適切に組み合わせてこそ、その特性を発揮して、全体の治療の効果を押し上げることに貢献するものと言えます。
さらには、免疫細胞治療そのものを組み合わせることも研究されています。樹状細胞は、がんの抗原を認識することで、がんを標的とみなしますが、NK細胞やアルファ・ベータT細胞療法、ガンマ・デルタT細胞は、MIC A/Bと称される異常分子を標的とするので、ターゲットが違います。その違いを利用し併用するのです。
そうした、多種多様な免疫細胞治療を患者が選択し、戦略的に組み合わせていくためには、まずは自分のがんを知ることが大切です。他の薬や治療法と同様に、すべての人に効く治療はありません。専門の医療機関では、免疫機能検査などを事前に実施して、最適な治療法を選択しています。さらには、抗がん剤や放射線治療との併用による効果の向上や、外科手術後の再発予防などさまざまな方法を選択枠に入れること。患者それぞれに応じた「個別化医療」が重要であるということは、患者自身が、見極める目や選択の幅を広く持つということも大事なことなのです。
[キーワード] 分子標的薬
分子標的薬とは、がん細胞だけが持つ特徴を分子レベルでとらえ、それを標的として効率よくがんを狙い撃つ、新しいタイプの抗がん剤のこと。がん細胞のみを狙って作用するため、副作用をより少なく抑えながら治療効果を高めることが期待されている。抗体医薬は分子標的薬の一種。
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