乳癌・子宮癌・卵巣癌の治療

乳がん治療の最前線 〜命を守ると同時により形のよい乳房を守る治療へ

監修:福間 英祐(ふくま・えいすけ
亀田メディカルセンター 乳腺センター長 乳腺科主任部長

2017年9月27日

 

 

日本人女性の約12人に1人がかかるとされる乳がん。その罹患率は年々増加傾向にあり、女性が患うがんの第1位です。しかし、新しい薬や治療法の開発が進み、早期であれば高い確率で治癒し、QOLも守られるようになってきました。女性が女性らしく生きることに配慮した治療をいち早く取り入れてきた亀田メディカルセンターの福間英祐医師に、乳がん治療の歴史から最新治療まで聞きました。

 

罹患率、死亡率はトップながら早期の乳がんなら9割以上が完治

厚生労働省が発表した2015年の「人口動態統計」によれば、乳がんにおける日本人女性の生涯罹患率(生涯に1度乳がんになる確率)は約8パーセントで、約12人に1人。数年前まで20人に1人だったことからすると、その割合は急速に増えています。

 

乳がんは女性が患うがんのなかで最も多く、罹患率は年々増加している。2015年の調査では、女性の部位別がん死亡者数の1位は大腸がんで、乳がんは5位だが、1958年〜2013年の年齢調整死亡率(年齢構成の変化の要因を除いたもの)を見ると、直近では、大腸がんとほぼ同じで死因第1位であることが分かる。

 

2017年5月時点で最新のがん統計では、乳がんの死亡者数は大腸がんや肺がんなどに次いで第5位となっていますが、働き盛りの女性に限ると、乳がんによる死亡率がトップ。しかも、がんの多くは高齢になるほど患者数が増えるのに比べ、乳がんは30代から増え始め、40代後半から60代前半にかけて最も多く、その後は減少するのが特徴です。

乳がんとは乳腺組織の乳管あるいは小葉の細胞に発生する悪性腫瘍です。男性に発生するケースもありますが、ほとんどは女性に限られます。デリケートな部位だけに精神的なダメージは大きく、また仕事や育児などで忙しい時期に罹患する確率が高いことから、発病が人生を大きく左右します。

それだけに、「がんになっても、患者さんが病気になる前と変わらない人生が送れるようにサポートする乳がん治療が望ましい」と福間先生はいいます。

乳房は大胸筋という胸の筋肉に靭帯で結びつくことで支えられ、乳腺組織とそれらを包む脂肪などから成り立っている。乳腺組織は、母乳を作る小葉と母乳を運ぶ乳管で構成され、乳頭を中心に15から20本の乳腺が放射線状に並ぶ。乳がんは、乳管あるいは小葉の細胞に発生する。

 

がんのなかでも乳がんは、検査法や治療法の開発が進んでおり、最近では確実に治療効果を得られるようになりました。

「乳がんは女性の尊厳に大きく関わるため、患者さんの思いに寄り添いながら、他の病気に先んじて治療法を進化させてきました。セカンドオピニオンやインフォームドコンセントという考えも乳がんが最初です」

その高い治療効果を支えているのが乳がん検診です。マンモグラフィ(乳房X線検査)や乳腺超音波(エコー)といった画像診断の進化によって、早期がんを発見できるようになりました。大きさが2センチ以下の早期がんであれば完治の可能性は高く、簡単な日帰り手術ですむケースもあります。また5年後の生存率は90パーセント以上です。

現在は各自治体で、40歳以上の女性を対象に2年に1度のマンモグラフィ、または乳腺超音波による検診を実施。しかし、日本における受診率は、海外に比べると低いという問題もあります。

 

乳がん検診の内容は年齢によって異なり、一般に問診、視触診、マンモグラフィ検査を併用した1次検診が行われる。図のように、異常があれば精密検査へ進み、必要に応じて再びマンモグラフィ検査や超音波検査(エコー)、CTやMRIなどの画像検査を行う。乳がんの疑いがあると診断された場合は、細胞を採取する病理検査で詳しく調べ、良性か悪性かの確定診断をする。悪性と判断された場合は治療となり、良性と判断された場合でも医師の指示に従い、定期的に検査する必要がある。
現在、自治体が行う乳がん検診は、罹患率の高い40歳以上が対象で、公的補助を受けられるが、30代の乳がん検診については個人の判断に任されている。

 

海外の検診事情と比較すると、日本の検診は他の国より10年早く40歳から受けられ、上限も決められていない。しかし、近年、40歳より若い患者さんも増えている。

 

 

命を守る治療から、より形のよい乳房を残すことも重視する治療へ

乳がん治療は手術が基本ですが、がんの性質や病期、全身状態、年齢などを考慮し、放射線療法や薬物療法を単独あるいは組み合わせて行います。

手術については19世紀末に確立されたハルステッド手術と呼ばれる術式で、大胸筋や脇のリンパ節などを含む乳房すべてを切除する乳房全摘出術が長い間主流でした。ところが、早期乳がんの場合は、がんとその周辺組織だけを切除しても、再発や生存率に差のないことが明らかになってきました。以来、できるだけ乳房を残す乳房温存術が普及し、現在は乳房全摘出術と両方行われています。

乳房温存術は、女性の尊厳を守る手術として、先にアメリカで広まり、1980年代半ばには日本でも行われるようになりました。その第一線で手術を行ってきた福間先生は、「手探り状態のなかで始まり、当初1割ほどだった温存術の割合は、1990年代には3割、2000年代初頭には5割と増えていきました。乳房を温存する病院がいい病院であると評価されるようになり、乳がん手術の8割が温存術という医療機関もあったほど、当時は競い合って行っていました」と振り返ります。

しかし、日本で温存術がもてはやされていたころ、アメリカではすでに減少傾向にありました。乳房を温存した後、再手術を余儀なくされる患者さんが非常に多かったからです。「バランスのとれた乳房を残すことが目的にもかかわらず、実際にきれいな形で残せない人もいました。また、乳房内にがんが再発する局所再発率も10パーセントと高く、その反省から乳房を全摘して再建するほうが局所再発率は低く、術後がきれいで患者さんの負担も少ないという流れが生まれました」。

日本でも「きれいに治す」という考えが少しずつ広まり、最近は乳房再建を考慮した全摘出術が見直されています。現在、日本における温存術の割合は6割程度に減り、局所再発率は3パーセント程度。「亀田メディカルセンターでも半数以上の患者さんが乳房温存術を受けており、局所再発率は1パーセントほどです」。

再び乳房を全摘する手術が増えた背景には、手術方法の変化もあります。これまでの全摘出術は、運動機能障害やリンパ浮腫といった後遺症を伴い、乳房再建も困難でした。ところが、乳房は切除しても大胸筋や小胸筋などの筋肉は残す「胸筋温存乳房切除術」、リンパ節も必要に応じて残すための「センチネルリンパ節生検」、乳頭や乳輪、皮膚を残す「皮下乳腺全摘術・皮膚温存乳房切除術」といった方法が登場し、後遺症が少なく、乳房再建もしやすくなりました。さらに、2013年7月から人工乳房(シリコン・インプラント)による乳房再建に保険が適用されるようになったことも、乳房再建までを含めた乳房全摘出術の増加を後押ししています。

「欧米では、オンコプラスティックサージャリーと呼ばれる、乳がんを治すと同時に乳房も左右バランスよく整える考えが広まり、2012年には日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会が開催されました。乳腺外科と形成外科の医師が協力し合い、患者さん1人ひとりに最適な手術を行う流れが定着しつつあります」

乳がん治療は命だけでなく、バランスのとれた美しい乳房をも守る時代になったのです。

 

1970年代半ばのアメリカで、乳房下垂手術をした女性に乳がんが見つかり、腫瘍の摘出と同時に両方の乳房の形を整える形成手術が行われた。そのことをきっかけに、がんの根治と形成手術で左右の乳房をバランスよく整えるという両方を目的とするオンコプラスティックサージャリーが始まり、乳がん治療の流れは大きく変わっていった。この手術法は、ヨーロッパを中心に急激に広まり、乳腺外科と形成外科がチームで行う体制作りが整っていく。そうしたなか、乳がん治療で変形し、失われた乳房を取り戻す乳房再建手術が進化し、患者さんの状態や要望に合わせて手術を選択できるようになってきた。

 

無駄な治療をなくし患者さんの負担を軽減する方向へ

乳がんのごく標準的な治療の流れとしては、手術と放射線療法で乳房やその周辺のがん組織を取り除き、転移や再発予防のために、検査で確認できないような小さながん細胞を薬物療法でたたくのが基本です。最近では、薬物療法で腫瘍を小さくしてから手術を行う術前薬物療法も増えています。

 

センチネルリンパ節生検とは、脇の下のリンパ節転移を判断する検査のこと。乳がんはリンパの流れにのって、最初に脇の下のリンパ節にあるセンチネルリンパ節に到達する。「見張りリンパ節」とも呼ばれるこの部分にがん細胞がなければ他への転移もないと判断でき、不必要な腋窩リンパ節郭清をせずにすむことから、ほとんどの病院で実施されている。腋窩リンパ節郭清とは、脇の下のリンパ節を切除することをいう。

 

ただし乳がんには、乳房内にとどまっている非浸潤がんと、乳房周辺の組織へ広がる浸潤がんがあり、浸潤がんの場合は全身にがんが潜んでいるおそれがあるので、手術だけでがんを治すことは難しくなります。また、がんの病期がⅢ期、Ⅳ期と進んだ場合も治療の中心は薬物療法となります。しかし、近年は、病期やがんのタイプ、再発のリスクなどに合わせて薬剤の選択肢は広がり、適切な治療が行われるようになりました。

「無駄な治療をせず、患者さんの負担を減らそうという流れに変わってきているのも今の乳がん治療の特徴」ともいいます。

乳がんの細胞の一部は、リンパの流れに沿って脇の下のリンパ節へ広がっていきます。以前は、がんを手術で取り切ることを目的に腋窩(えきか)リンパ節はすべて取り除くのが一般的でした。しかし、今は転移の有無を診断できるセンチネルリンパ節生検によって、不必要にリンパ節を切除せずにすむようになりました。

乳房温存術では、早期であっても放射線療法とほとんど併用します。温存した乳房やリンパ節への転移を防ぐのが目的です。ところが近年、リンパ節への転移が少数であればリンパ節郭清(かくせい)をせず、温存術を行う病院が出てきました。「放射線療法で、照射した部位だけでなくリンパ節に転移したがん細胞も死滅すると考えられるからです」

また、遺伝子解析の技術が飛躍的に進み、オンコタイプDXやマンマプリントといった遺伝子検査で、がんが再発するリスクが予測できるようになっています。そのおかげで、不必要な化学療法を避けることができ、以前に比べると患者さんの負担は大幅に軽減されています。

さらに、女性の人生に配慮した乳がん治療というのが、福間先生の考える未来です。

「乳がんの手術を受けても、女性が女性らしい体を維持できるような治療を目指すのはもちろん、今後、妊娠・出産の可能性のある女性に対しては、その点も配慮するようにしています。そこで当院では、化学療法を始める前にチャンスがあれば卵子凍結をすすめることもあります。

妊娠の可能性も含め、患者さんにいろんな選択肢を提供することは重要です。未来に希望があるのとないのとでは、治療へ向かう気持ちも違ってくるからです」

 

キーワード 「非浸潤がん」
乳がんは、乳管や小葉の上皮細胞から発生するが、乳管や小葉の中にとどまるタイプと、乳管や小葉の外へ出て行くタイプがある。前者を「非浸潤がん」といい、ごく初期は周辺の組織に浸潤せず転移の恐れはない。しかし、なかには時間が経つとがん細胞が浸潤機能を得て、乳管や小葉を包む基底膜を破って全身に移動する「浸潤がん」となるものもある。早期の非浸潤がんは手術での完治が可能で、非浸潤がんに温存術を行った場合には、原則として放射線療法を行い、必要によりホルモン療法を併用する。

 

キーワード 「オンコタイプDX」
乳がんは、人それぞれに特徴が異なり、同じ療法を行っても同様の効果が出るとは限らない。アメリカでは、すでに乳がん治療にオンコタイプDXという遺伝子検査が取り入れられ、治療方針を決める新たな指標となっている。乳がんの遺伝子を調べるこの検査では、今後10年間に乳がんが再発するリスクや、術後に行う化学療法の治療効果を予測できるようになった。日本では保険適用ではないため、費用は約40万円と高額だが、治療効果の高い療法を選択できるだけでなく、無駄な治療から患者さんを守る検査としても期待されている。

 

早期の小さながんなら、乳房を切らずに完治できる凍結療法

傷を残さないことを目的に開発された内視鏡下手術も、患者さんの負担を軽減する治療法の1つです。この術式は、胃がんや大腸がんなどではすでに用いられていますが、福間先生は、世界で初めて乳がんに内視鏡下手術を導入。そんな先生が、近年、積極的に行っている最新治療が凍結療法です。「切らずに治す非手術的療法で、患部に針を刺し、がん細胞を直接凍らせて死滅させる療法です。切除しないので、術後の痛みや引きつれといった後遺症に悩まされたり、乳房の大きさや形が変形したりすることもありません。40〜50分程度の局所麻酔での日帰り手術ですから、患者さんにとってメリットは大きいと思います」

 

凍結療法では、局所麻酔を行った後、プローブと呼ばれる細い針をがん組織に刺し、高圧ガスや液体窒素を送り込んで患部を−160〜170℃まで冷やし、がん細胞を急速に凍らせる。がんの周りに1.5㎝のマージン(腫瘍の外側の領域)を含めた大きさのアイスボールを作り、凍結と融解を2回繰り返すことで細胞膜が壊れ、がん細胞が死滅するという仕組み。がん細胞の周囲にある末梢血管も損傷して栄養が送られなくなるため、壊死して増殖ができなくなるという。ただし、凍結療法が適用されるのは、1.5㎝以下の小さな浸潤がんで悪性度が高くないタイプに限られている。現在はまだ研究段階の治療であるため、凍結療法を実施しているのは亀田メディカルセンターの他、一部の医療機関に限られる。

 

亀田メディカルセンターでは、2006年から凍結療法を始め、術例は2017年2月現在まで225件。そのうち再発した患者さんは2人と、局所再発率は1%です。しかも、「亡くなった方も遠隔転移した方もいない」といいます。

「当院の乳房温存術と同じ結果で、外科手術に遜色ない治療法だと手応えを感じています。さらに凍結療法は、患者さんの体内の免疫にも、プラスの作用を及ぼすのではと考えています。破壊されたがん細胞を免疫が認識して、がんに対する免疫が活性化し、転移や再発を防ぐ効果が高まる可能性があります。今後は、免疫細胞を増やして免疫力を強化する免疫細胞治療との組み合わせによる治療にも期待しています」

日々進化し、治療の選択肢が増えている乳がん。罹患率や死亡率が高いとはいえ、命はもちろん女性としての人生も守られる時代になってきたことで、定期的な検診で早期発見ができれば、以前ほど怖い病気ではなくなってきたようです。



監修:福間 英祐
亀田メディカルセンター 乳腺センター長 乳腺科主任部長
ふくま・えいすけ●1979年、岩手医科大学卒業。聖路加国際病院、帝京大学溝口病院、横浜総合病院、メルボルン大学外科留学などを経て、2000年に亀田総合病院(当時)乳腺外科部長に就任。2011年より現職。日本で初めて乳がん治療に内視鏡下手術を取り入れた他、世界に先駆けて乳がんの凍結療法、オンコプラスティックサージャリーに取り組み、これらの啓発や技術普及に努めている。日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会監事・評議員。(取材時現在)

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