がんと闘う名医

外科の領域を超えて病理学をベースにがんの根治に挑む―森正樹(大阪大学医学部附属病院消化器外科学教授・診療科長)

2015年12月9日

正常細胞を傷つけることなく、がん幹細胞をたたく薬を生み出すことが今後の目標です。

高度な技術を駆使してメスを振るう一方、外科医が通常やらないような研究に取り組んで、患者さんの体内で何が起こっているかを常にイメージできる医師でありたいと森は言う。特に、がん治療においては、患者さんよって異なるがん細胞の特質や遺伝子との関係を明らかにしたいと、数々の研究を続けてきた。

森の代表的な研究の1つに、2005年の「肝臓のがん幹細胞」の発見がある。がん幹細胞に関する報告を最初にしたのは1994年、カナダの研究グループ。当時は血液のがんに対して「がん幹細胞がありそうだ」との内容だったが、3年後にはそれを実証する論文が発表され、森の関心を引いた。

がん幹細胞とは、正常な幹細胞ががん化したもので、すべてのがん細胞の元になる親玉細胞と言える。抗がん剤が非常に効きにくい手ごわい細胞だ。「抗がん剤の種類も増え、効き目も良くなってきているのに、なぜ1度は小さくなったがんが再び大きくなったり、再発したりするのか……」と、森は以前から疑問に思っていた。この疑問はがん幹細胞の存在によって説明が付く。つまり、現在の抗がん剤は、普通のがん細胞をたたいてはいるものの、親玉的存在のがん幹細胞をたたくことができず、この生き残ったがん幹細胞から再びがん細胞がつくられるため、完治には至らないのだ。森はこうしたがん幹細胞が、肝臓がんの他、食道がんや胃がんにも存在することを世界で初めて発見した。

さらに、2009年からは、食道がんの治療成績向上のための大規模な研究を開始。食道がんに関して、発症の要因、進行のスピード、術後の予後などについて、患者さんの遺伝子や生活習慣などとの関係性について調べた。しかも、これは文部科学省の基盤研究Sに選ばれた研究だ。「基盤研究Sは非常に狭き門ですが、選ばれると、多額の研究費支援が得られます。優秀なスタッフをそろえることができ、器具の充実も図れますから、研究が一気に進みます」。

このように治療と研究に邁進(まいしん)してきた森の毎日は超多忙だ。1週間のうち月曜は外来、火曜が手術で、水曜から土曜は、厚労省や文科省の様々な委員会の仕事に追われ、出張も多い。病院スタッフとの診療の打ち合わせや、大学院生の研究指導の時間を捻出するために、森は朝5時には病院に出勤。それでも仕事が終わるのは、夜の9時を過ぎる。

そんな父の姿を見て育った娘は、今、森の母校の九州大学で医学の猛勉強中だ。自分と同じ道を選んだ娘に森は、どんな言葉をかけるのだろうか。「平坦な道と険しい道、どちらかを選ぶときは、険しいほうを選びなさい。そのほうが医師としても、人間としても成長できるから、と伝えています」。

これを実行するのは決して容易ではないが、自らを律してこの精神を貫いてきた。それが森正樹という医師なのだ。
(敬称略)

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上:大学でもサッカー部で活躍(中央)。左写真は森(前列右端)がキャプテンだった当時の九大サッカーチーム。その後、留学先のアメリカでは少年チームのコーチを任されていた。チームワークを大切にする姿勢は、長年親しんだサッカーで培われたのだろう。

 

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1993年、九州大学医学部第二外科助手講師のころの写真(左端)。大学院生時代、病理学教室において指導を受けた遠城寺宗知教授夫妻(中央)とともに。森が、がんの細胞・遺伝子レベルの研究で結果を出しているベースには病理学の知識がある。

大阪大学医学部附属病院消化器外科
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消化器外科領域の中でも、悪性腫瘍と臓器移植を主な診療対象とする。がんの外科療法としては腹腔鏡手術の他、難治性の高度進行がんに対する新しい治療も開発。免疫治療の開発も目指す。移植分野では、肝移植、膵・腎または膵単独移植を実施して成果を上げている。

●問い合わせ
大阪大学医学部附属病院
住所/大阪府吹田市山田丘2-15
電話/06-6879-5111(代表)
HP/http://www.hosp.med.osaka-u.ac.jp/

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