「免疫細胞」には様々な種類があり、役割も異なります。その一つ、NK(ナチュラル・キラー)細胞が、がん細胞への攻撃に効果的に働くことが分かり、一部の医療機関ではがん治療の臨床応用も試みられています。
その働きに注目し、「NK細胞療法」の安全性と有効性を確かめる臨床研究に取り組んでいる九州大学先端医療イノベーションセンターの高石繁生先生と飯野忠史先生に話を伺いました。(取材時現在)
がん細胞をいち早く攻撃、殺傷するNK細胞
人間の体は、細菌やウイルスなどの病原体、また正常な細胞が突然変異して生じるがん細胞などによって、常に危険にさらされています。それでも病気を発症せずにいられるのは、体を守る免疫システムが働いているおかげです。この免疫の中心的な役割を果たしているのが、「免疫細胞」と総称される細胞群です。
免疫細胞の正体は血液中の白血球で、下の表に示したように、それぞれの役割を担う免疫細胞が連携し、全体の免疫システムを保っています。中でもNK細胞は、病原体の発見と初期攻撃を担当しています。NK細胞が発見されたのは1975年。日本の仙道富士郎氏(元・山形大学学長)や米国のロナルド・ハーバマン氏(当時、ピッツバーグがん研究所教授)の研究により、独力で働き、がん細胞やウイルス感染細胞などを初期段階で攻撃する細胞が存在することが分かり、「ナチュラル・キラー=生まれながらの殺し屋」と命名されました。
「NK細胞の発見はT細胞よりも後で、まだ十分に解明はされていませんが、がん細胞を殺傷する能力があることが分かっています」。九州大学先端医療イノベーションセンターの高石繁生先生はこう説明します。
リンパ球のうちT細胞は、攻撃力は高いものの、樹状細胞などからの攻撃指令を必要とします。それに対し、NK細胞は常に体内をパトロールし、がん細胞やウイルス感染細胞などを見つけると単独でいち早く攻撃、殺傷します。これが「生まれながら(ナチュラル)の殺し屋(キラー)」という名前をもつ所以(ゆえん)です。
「自然免疫を担うNK細胞は、獲得免疫のT細胞に比べて原始的と思われてきましたが、最近になり、NK細胞は複雑で高度な働きをすることが分かってきました。免疫は自分自身以外のものを攻撃・排除しますが、例えば妊婦さんの場合、母体の中にいる胎児は母親にとり「自分」ではありませんが、例え自分ではなくても、胎児を攻撃しないようNK細胞は高度な機構で調節しているのです」と飯野忠史先生。
用語「自然免疫と獲得免疫」
体の免疫機構は大きく「自然免疫」と「獲得免疫」に分けられます。
【自然免疫】体内に侵入した病原体などをいち早く発見し、最初に攻撃をしかける先天的な反応が「自然免疫応答」と呼ばれます。その役割を担うのが好中球、マクロファージ、NK細胞などです。
【獲得免疫】やや遅れて誘導されるのが「獲得免疫応答」です。初期攻撃で得た病原体などの特徴を記憶し、その特徴を目印にして、T細胞やB細胞が集中攻撃します。さらに、学習したこれらの免疫細胞は、次に同じ特徴の病原体が侵入すると素早く認識して攻撃し、防御できるようになります。
他の免疫細胞治療との相互補完や抗体医薬との併用に大きな期待がかかる
NK細胞が、生体防衛の早い段階で重要な役割を果たしており、がん細胞を発見して攻撃し、その芽を摘む働きがあることはすでに述べた通りです。
ところが、加齢や強いストレスが原因でその能力は低下してしまいます。また、がん患者さんの場合も、その多くで血液中のNK細胞の数が減少していることが分かっているのです。
こうしたことから、患者さん自身のNK細胞を体外に取り出し、増殖させてその数を増やし、働きも強化して再び体内に戻すことで、がんに対抗しようとするのが「NK細胞療法」です。
免疫細胞治療は、自然免疫の仕組みを利用した「活性化自己リンパ球療法」と、獲得免疫の仕組みを 利用した「樹状細胞ワクチン療法」に大別され、NK細胞療法は活性化自己リンパ球療法の一つです。他にも強化する細胞の種類によって「γδ(ガンマ・デ ルタ)T細胞療法」や「αβ(アルファ・ベータ)T細胞療法」といった治療法があります。
免疫細胞治療の種類
NK細胞療法は、樹状細胞ワクチン療法では効果が期待できないがんに対する治療や、抗体医薬という抗がん剤との併用による相乗効果についても注目されています。
その理由はこうです。
細胞ががん化すると、そのがん特有の「がん抗原」と呼ばれる物質が現れ、T細胞はこのがん抗原を目印にして、がん細胞を攻撃します。樹状細胞ワクチン療法は、この仕組みを利用した治療なのです。ところが、がん細胞は免疫細胞の攻撃を逃れようと目印を隠すことがあり、そうなると治療効果が期待できません。
しかし、NK細胞は、このがん抗原とは別の目印により、がん細胞を攻撃することができます。そのため、がんの目印が出ているかどうかをあらかじめ検査で調べて、発現がない、または少ない場合は、樹状細胞ワクチン療法ではなく、NK細胞療法などの活性化自己リンパ球療法が選択肢として考えられるのです。
またNK細胞には、抗体医薬と結合してがんを攻撃、殺傷する抗体依存性細胞障害作用(ADCC)があり、いくつかの抗体医薬と併用することで、その相乗効果も期待されています。
大学の研究機関としてNK細胞療法の安全性を検証する臨床試験を開始
「国内では、すでにNK細胞療法を実施している民間の医療機関もありますが、研究データなどの科学的根拠を公表していないところも少なくありません。そこで、九州大学病院の敷地内にある、九州大学先端医療イノベーションセンターでは、NK細胞療法の安全性と有効性を確かめるため、2014年秋に臨床試験(第Ⅰ相)をスタートさせました(高石先生)」。同センターの先進細胞治療学研究部門では、3年ほど前から樹状細胞ワクチン療法やその他の活性化自己リンパ球療法の解析研究も進めてきました。
「NK細胞療法は、効果が期待されながら科学的な裏付けや安全性の検証は、まだ十分とは言えません。他の免疫細胞療法より臨床研究が遅れたのは、T細胞などに比べて培養が難しいことがその理由です。今回、NK細胞の培養技術をもつ企業とパートナーシップを組むことができたため、実施に踏み切りました(飯野先生)」。
第Ⅰ相臨床試験は、まず治療の安全性確認を第一の目的として、がん種を問わず、20歳以上のがん患者さん9人ほどを対象に行います。患者さんから1回の治療ごとに採血し、イノベーションセンター内の細胞調製施設で培養したNK細胞を2、3週間おきに計6回、患者さんに点滴投与します。最初の3人は、通常より少ない1回5億個程度のNK細胞を投与して安全性を確かめます。
副作用などがなく、安全性が確認されたら次の3人には投与する細胞の数を約2倍に増やし、さらに問題がなければ、投与するNK細胞の量をもっと増やし、段階的に安全性を確認する予定だと言います。
「健常者では、機能を保ったままNK細胞が増えることは確認ずみです。しかし、免疫が低下した患者さんにも同じことが言えるのか、がん細胞株を使ってすべての患者さんのNK細胞の働きを確認します。また、どのようながん種に有効なのかも確認し、データで評価します」
さらに2人は次のように将来の展望を語ります。「単独での治療による安全性と有効性を確認した後、先々は抗体医薬など、他の治療との併用効果の検証に着手したいと考えています。最終目的は、やはりエビデンスのある治療として保険適用されること。そのためにも、こうした臨床試験を一つひとつ積み重ねて、1日でも早く実現したいと考えています」。
【研究概要】
●試験名:NK 細胞療法第Ⅰ相臨床試験
「自己単核球の新規選択的培養増幅法によるNK 細胞様エフェクター細胞(CA-MED-NK001)の投与と(CA-MED-NK001療法)の安全性の検討」
●対象:
・がん種:問わず(血液がん、固形がん)
・年齢:20歳以上(上限なし)
・目標症例数:9例
・その他の要件:通院可能なPS(※1)0〜2の患者さん(※2)。標準治療を終了した(または標準治療がない)患者さんを対象に単独治療。
※1:パフォーマンスステータス(Performance Status)のこと。日常生活の制限の程度を示す全身状態の指標の一つ。
※2:HBs抗原、HCV抗体、HIV抗体、HTLV-1抗体がいずれも陰性の人に限る。
●主要目的(エンドポイント):
安全性(有害事象の種類と頻度、発生時期、発生期間、発現率など)を主たる項目として評価し、副次的な項目として有効性や免疫学的反応性を評価する。安全な投与量(細胞数)を評価するため、投与細胞数を3 段階に分けて漸増。各段階で少なくとも3人の患者さんに投与し、合計で9人ほどの患者さんがこの試験の対象となる。
●期間:2014年11月〜(1年間の予定)
●問い合わせ先:九州大学先端医療イノベーションセンター ☎092-642-4258
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高石繁生(たかいし・しげお)
京都大学医学部卒業。マサチューセッツ州立大学、コロンビア大学の留学を経て、九州大学大学院医学研究院グローバルCOE・幹細胞研究センター特任講師に。2011年に九州大学先端医療イノベーションセンター特任准教授に就任し、12年より先進細胞治療学研究部門 准教授。消化器病専門医、消化器内視鏡専門医。(取材時現在)
飯野忠史(いいの・ただふみ)
九州大学医学部卒業。原三信病院血液内科、九州大学病院の腫瘍センター、輸血部、遺伝子細胞療法部などの勤務を経て、ハーバード大学ダナファーバー癌研究所・研究員を務める。2010年より九州大学病院遺伝子細胞療法部に勤務し、13年より九州大学先端医療イノベーションセンター先進細胞治療学研究部門 助教。日本血液学会認定血液専門医。(取材時現在)