以前は「不治の病」とまでいわれたがんですが、医療の進歩により、今では長期生存や治癒が可能となっています。職場復帰を果たし、治療をしながら仕事を続ける患者さんも増えてきました。
しかし、仕事と治療の両立は簡単ではなく、患者さん自身にしか分からない悩みも多いのが実情です。そこで「がんと就労」をテーマに、働きながら治療を続ける人たちにが知っておきたい基本情報をまとめました。
治療と仕事の両立で、がん患者さんが抱えるさまざまな問題とは
近年、働き盛り世代のがん患者さんが増え、がんと共存することが珍しくない時代になりました。しかし、そうした人々をサポートする国の体制については、まだ十分とはいえません。
業種や企業別に見ても支援体制はまちまちで、特に自営業の方にとっては、受けられる支援が少ないという厳しい現実があります。
こうした状況下、厚生労働省では、「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」をまとめるなど、がんであっても安心して働ける社会の構築をテーマに整備を急いでいます。というのも、せっかく仕事に復帰しても、がん患者さんは職場での生活において多くの悩みを抱えているからです。
例えば、手足のしびれや痛み、冷えなど、化学療法による副作用から完全に開放されるまでには時間を要します。こうしたつらさは、はた目からは分かりにくく、本人が上司や同僚にそのつらさを訴えても、真剣に取り合ってもらえないケースも少なくありません。そこから人間関係がギクシャして、退職に追い込まれる場合もあるといいます。
さらに、まだはっきりと解明されていない副作用に悩む患者さんもいます。抗がん剤の治療中や治療後に、一時的に記憶力や理解力が低下する「ケモブレイン」という症状です。このケモブレインによる仕事のミスなどが、本人のやる気のなさと誤解されて職場に居づらくなり、最終的に退職に至るケースもあるのです。
がんの患者さんの中には、「化学療法を受けている最中は元気だったのに、治療を終えたら、体がだるくなって無気力になってしまった」という人もいます。薬の副作用を防ぐために制吐剤と併用されたステロイド剤の影響で、一時的に元気に感じる患者さんもおり、職場復帰するタイミングで倦怠感に襲われる―。患者さんたちは、こうした問題とも闘わなくてはならないのです。
また、若い世代や単身者のがん患者も増えているため、お金の問題も無視できません。若い人たちは、誰しもまさか自分ががんになるとは想像もしていないだけに、がん保険の加入者は多くありません。したがってがんになってしまうと、検査や入院、手術などにかかる費用が生活を圧迫します。
個人負担となる差額ベッド代も入院が長引けば大きな金額になるし、また乳がんなどは、退院後も5年、10年と長期的にホルモン剤による治療が必要となるため、子育て世代や、親の介護などに費用のかかる家庭では、治療費との両立に頭を悩ませます。
様々な問題を抱えながらも、経済的な理由から働かなければならない患者さんは、これからも増えていくと予測されています。
どんな種類の悩みでも、まず「がん相談支援センター」がおすすめ
困ったら1人で悩まずに、全国のがん診療連携拠点病院の中に設置されている「相談支援センター」を訪ねてみることをオススメします。
がん患者さんの中には、この相談支援センターの存在を知らない人が意外にいます。また、あることは知っても、どういうときに、どう利用していいか分からない人もいるようです。
各都道府県、各地域でがん治療の中核となる大学病院や大きな病院が、「がん診療拠点病院」として指定されています。がん相談支援センターは、そうしたがん拠点病院の中に設けられており、全国全ての都道府県にあります。
スマートフォンやパソコンから、インターネットで「○○県(お住まいの都道府県) がん相談支援センター」などと検索すれば、簡単に見つけられるはずです。
病気や治療についてはもちろん、就労のこと、お金のこと、人間関係、将来への不安など、どんな相談にも無料で乗ってくれるのが、この施設の特徴です。実際に訪れた人の中には、「こんなことまで相談に乗ってくれるなんて」と感想をもらす人も多いのです。
また、いろいろな悩みが交差して、「何から相談すべきか分からない」と整理がつかない患者さんもいると思います。そういう場合は、がん相談支援センターの相談員が、悩みを聞きながら一緒に整理して対処法を考えてくれたり、他のより専門的な機関で相談する必要のある場合は、紹介してくれたりもします。専門家による冷静な視点でのアドバイスが、心の支えにもなり問題解決の大きなヒントとなるはずです。
がん治療と職業生活の両立に役立つ支援制度の例
▶ 高額療養費制度
公的医療保険の被保険者・被扶養者が対象。同一月に支払った医療費の自己負担額が一定金額(自己負担限 度額)を超えた場合に超過分が後で払い戻される制度。自己負担限度額は被保険者の年齢・所得状況により設定されている。診療月から払い戻 しまでは、通常3カ月以上かかる。
●申請は公的医療保険の担当窓口へ。
▶ 限度額適用認定証
公的医療保険の被保険者・被扶養者 で70 歳未満の人が対象。事前に発行 された「限度額適用認定証」を医療 機関などに提示することで、高額療 養費制度を利用する場合、支払いが 自己負担限度額以内に抑えられる。
●申請は公的医療保険の担当窓口へ。
▶ 高額療養費貸付制度
公的医療保険の被保険者・被扶養者が対象。同一月に支払った医療費の自己負担額が、自己負担限度額を超えた場合、支払いに充てる資金とし て、高額療養費支給見込額の8割相当の貸付を無利子で受けられる。
●申請は公的医療保険の担当窓口へ。
▶ 確定申告による医療費控除
確定申告を行った納税者が対象。同一年に自身または配偶者、その他の親族のために支払った医療費のうち、一定金額分の所得控除を受けられる。
●申請は所轄税務署の担当窓口へ。
▶ 傷病手当金
健康保険組合の被保険者で、傷病のために会社を休み、事業主から十分な報酬を得られない人が対象。次の4条件すべてに該当した場合に、最長1年6カ月の間、1日当たり被保険者の標準報酬日額の3分の2相当額の支払いを受けられる。
① 業務外の理由による傷病の療養のための休業である。
② 就業が不可能。
③ 連続する3日を含み4日以上就業できなかった。
④ 休業期間について給与の支払いがない(支払額が傷病手当金の額より少ない場合は、差額の支給を受けられる)。
●申請は健康保険組合担当窓口へ。
厚生労働省「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」を参考に作成