口腔がん、咽頭がん、喉頭がんなど、頭頸部のがんが進行した場合は、患部の強烈なにおいのために、「食事ができない」と悩む患者さんが少なくありません。こうしたにおいを軽減して、患者さんのQOL(生活の質)を上げるための研究を続ける内山先生に、在宅でもできる方法を紹介してもらいました。
意外に知られていませんが、がん患者さんのQOLと深く関係しているものに「におい」があります。特に頭頸部のがんは、内臓にできるがんとは違い、進行すると患部がむき出しになって、強烈なにおいを発することがあります。上図は、病院内における様々なにおいを調べたものですが、患者さんの体から出る自壊創もにおいの元となっているのが分かります。頭頸部のがんが進行した患者さんの場合は、特に強いにおいに悩まされることになります。
そんな患者さんから、よく聞くのが「患部のにおいが不快で、ものが食べられない」という訴えです。それは入院患者さんも在宅療養中の患者さんも同じですが、在宅の場合は、ケアをするご家族までが食欲不振に陥り、体調を崩してしまうことになりかねません。
この状態を放置すると、患者さんもご家族のQOLもどんどん下がってしまいます。そこで、病室や患者さんの部屋に消臭剤を噴霧したり、口腔内のにおいについては、手作りの洗口剤を作ったりして対処してきました。手軽に使える消臭剤や洗口剤が市販されるようになったのは、ごく最近のことで、それまでは医師が抗生物質のドレッシング剤などを作って対処していたのです。
こうしたなか、私が6年前に出合い、安全性や有効性を研究してきたものに、「MA-T107」があります。当初は病室などの消臭・除菌剤として使っていたのですが、あるとき、口腔ケアや、がん患者さんの患部のにおい除去に使えるのではないかと考えたのです。
根拠としては「MA-T107」の主成分が二酸化塩素であること。二酸化塩素は、海外では水道水やプールの消毒、野菜に付いた農薬を洗い流すときなどに、ふつうに使われている物質です。ただ、二酸化塩素には、不安定ですぐに消えてしまうという弱点がありますが、「MA-T107」は、独自の技術によって、安定した二酸化塩素を主成分としており、効果が長続きするという点にも注目しました。
私が「MA-T107」の存在を知ったころは、ちょうど、がん患者さんの口腔ケアが重視されていたので、最初の研究テーマには、歯周病に対する有効性を選び、(臨床)研究を行いました。
その研究結果が下のグラフです。「MA-T107」が健康人の歯周病に効くと同時に、安全性についても確認。口腔ケア用に推奨する洗口剤の条件として挙げられる項目には、「人体に安全」「無味・無臭」「粘膜に対して無刺激」「口腔病原性細菌に有効」「環境に悪影響を与えない」「長期間安定し、保存可能」「治療・処置費用が安価」などがあり、「MA-T107」は、これらすべてをクリア。研究結果については、2014年の国際学会や海外論文としても発表し、多くの研究者の関心を集めました。
次の研究は、末期の口腔がんの患者さんのにおいの改善をテーマとしました。その結果が、下のグラフです。この研究では、「MA-T107」を洗口剤として使った患者さんのうちの8割以上が、「においは改善された」と答えています。
現在、栃木医療センターでは、「MA-T107」を広く活用し、外来や在宅療養中の患者さんのために病院の売店でも販売しています。これを購入した患者さんからも、「嫌なにおいが軽減されて、食事ができるようになった」といった喜びの声を聞くことが多くなりました。食欲が出ると体力がついて免疫力も向上しますから、たとえ末期の患者さんであっても、確実にQOLは向上します。
さらに「MA-T107」は、口腔がんだけでなく、様々ながん種の患者さんにも役立ちます。例えば、抗がん剤治療の副作用で、ひどい口内炎に悩む患者さんは少なくありません。歯周病菌については、「MA-T107」を30秒ほど口に含むだけで減らすことができますから、口内炎などで歯みがきができないときに活用するのも1つの方法です。
また、「MA-T107」の褥瘡(じょくそう)に対する効果についても研究を行いました。褥瘡の治療は、褥瘡とその周辺を水道水で洗浄後、状態に応じて軟膏などを塗るのが一般的ですが、水道水で洗浄したあと、「MA-T107」を噴霧するという工程を加えることで、より早い改善が見られました。末期がんで在宅療養中の患者さんの場合、褥瘡になることもあるので、この薬剤を取り入れてみてください。
1959年、長野県生まれ。84年に東京歯科大学を卒業し、慶應義塾大学医学部歯科口腔外科学教室入局。93年に独立行政法人国立病院機構栃木医療センター(旧・国立栃木病院)歯科口腔外科へ。現在、同センターの歯科口腔外科部長、口腔顎顔面インプラントセンター長を務める。(取材時現在)