私は病理学を学んできましたが、病理学とは顕微鏡でがん細胞を見るとともに、その人の風貌を見て心まで読む、つまり形態学だと思います。患者の心の奥底に入らないと意味がない。そこで力を発揮するのが「言葉」です。いつも不満を言っている患者さんには、「目下の急務は忍耐あるのみ」と、はっきりと言います。「我慢しなさい」では効果がない。「目下の急務は忍耐あるのみ」というセンテンスはリズムがあって暗記できる。その人の心の奥底に入る言葉なんです。
がん治療に苦しみ、生きる術を失い、自殺未遂をしそうな人には「あなたには死ぬという大切な仕事が残っている」と教えます。人は「仕事」という言葉を聞くと使命感を感じ、背筋が伸びます。「仕事」という言葉が、その人の心の奥底に響いて、尊厳が呼び起こされる。付き添っている家族は、背筋が伸びた本人を見てとても嬉しくなる。それが相乗効果をもたらす。その言葉の力を信じて、私自身も勉強しているのです。
現在、私が期待しているのは、「がん哲学外来市民学会」で、目指している「医療維新」です。医師や医療従事者、一般市民、学生、中校生など、がん問題に関心を持つあらゆる人々が立場を超えて集い、その「経験交流」が、大きな力となって「医療維新」となって欲しい。また、「がん哲学外来コーディネーター養成講座」を開催しており、ここに小・中学生が参加してくれれば、たとえば祖父母ががんになった家庭の看護のあり方も激変するでしょう。
がん患者に接するときには、「暇げな風貌」と「偉大なるお節介」をモットーにしましょう。忙しそうにしていたら、相手は心を開けません。
また、「偉大なるお節介」と「余計なお節介」は違います。他人の必要に共感することが「偉大なるお節介」。自分の思いだけで相手に接してしまうと「余計なお節介」になります。2人に1人ががんになる時代だからこそ、誰もががんとともに生きていく。そのためには、病気を治すことだけでなく、人とのつながりを感じ、尊厳を持って生きてこそ、天寿を全うするようになるのだと思います。
医学博士/順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授。米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター、フォクスチェースがんセンター、癌研実験病理部長を経て現職。
近著に『がん哲学』『末期がん、その不安と怖れがなくなる日―がん哲学外来から見えてきたもの』など。(取材時現在)