ドクターコラム:がん治療の現場から

第3回「『学ぶ』ことが患者さんの生死に関わる、それが医師という職業です」

2015年6月15日

columun_moriyasu3大学病院の大きな特徴として、医師を育成する「教育の場」である、ということが挙げられます。大学病院で診察を受けたり入院した経験がある方は、多くの研修医を目にしたり、場合によっては医学生と接したことがあるのではないでしょうか?
彼らは日々、現場でさまざまなことを学んでいます。
今回はその「学ぶ」ということに関して、私が普段感じていることをお話しましょう。

医師になるためには、まずは大学の医学部で基礎知識や技術を学びます。
医学の進歩に伴って医学教育制度も改革されており、今の医学部の学生は私の時代よりも、勉強しなくてはいけない分野や知識が多くまた広くなっています。以前は国家試験に合格し、医学部を卒業した際に専門の科を決めていましたが、2004年から研修医の間にさまざまな科を回る「スーパーローテーション制度」が取り入れられました。

学ぶことがより増え、大変だろうなとは思います。それでも、医師にとって「学ぶ」ということは、とても重要なことなのです。

研修医時代の忘れられない体験

私がよく、学生に話すエピソードがあります。
研修医になり半年くらいすると、夜中の救急外来などで当直にあたることになります。私にも、そんな頃がありました。

ある夜のことです。急性腹症……いわゆる「腹痛」の患者さんが来られました。
診察を行うとき思い出したのが、その1年ほど前、学生の実習で「触診」を習った時の経験でした。
お腹の診察はまず目で見る「視診」、腸雑音を聞くための「聴診」、そして手で触る「触診」という順序で行います。
その触診の一方の指導で聞いたのは「いきなり深い触診をしても患者さんが痛がるし、腹壁が緊張してその下の状態がわからない。まずは手のひらの重みだけで触診をする」ということ。その言葉を思い出し、言われたとおりに手のひらの重みだけで触診を行いました。
すると、下腹部にお好み焼き大の柔らかいものが感じられます。あれ、おかしいぞ? と思い、もう少し深く触診を行ってみる。そうするとその柔らかいものは感じられないのです。
ですが、もう一度浅く触診を行うと、確かに違和感がある。そこで、精密検査を行いました。

結局、その患者さんは卵巣嚢腫(らんそうのうしゅ)が捻転(ねんてん)を起こしており、その晩のうちに緊急手術ということになりました。

次の日、産婦人科の部長が私のところに来られました。「昨日の緊急手術の患者さんの病気がよくわかったね?」と聞かれましたので、実習で学んだことを思い出し、その通りに診察をしたところ違和感を感じたので……ということをお話ししました。「君は見込みがあるよ」と褒めて頂き、とてもうれしく感じたのを今でも覚えています。勉強した知識や技術で人の命が救える職業なのだということを実感しました。

「学び」に終わりはない

私がその夜の経験で実感したのは、「勉強が、患者さんの命を救うことに直結する」ということ。
教育、勉強の重要性をあらためて強く感じた出来事でした。

近年取り入れられた医学部生への指導制度として、1年生のうちから医療現場を体験させる「アーリーエクスポージャー」というものがあります。
医療の現場を目の当たりにすることで、「学ぶ」ということの意味を知ってほしい。学生を見ながら、そう思うのです。

もちろん、キャリアを積んだ医師だからといって、もう勉強はしなくていいということは全くありません。
より1人でも多くの患者さんを救うために、日々研究を行い、学んでゆく。医師という職業であるかぎり、このことに終わりはないだろうと思っています。

moriyasu森安史典(もりやす・ふみのり)1950年、広島県生まれ。75年、京都大学医学部卒業後、倉敷中央病院、天理よろづ相談所病院、京都大学医学部附属病院で勤務。米国エール大学への留学を経て、96年、京大助教授となり、2000年より東京医科大学病院消化器内科主任教授(現職)。最先端技術を導入した肝臓疾患の診断、治療に定評がある。09年より瀬田クリニック東京非常勤医師として、がん免疫細胞治療の診療にも取り組む。趣味はゴルフ。(取材時現在)

東京医科大学病院消化器内科ホームページ
http://hospinfo.tokyo-med.ac.jp/shinryo/syoukakinaika/index.html
瀬田クリニック東京ホームページ
http://www.j-immunother.com/group/tokyo

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