様々な消化器官の疾患は、ともすればがんに進行する恐れがあると、前回はお話ししました。そこで今回は、消化器系の代表的ながんと、その現状についてお伝えします。
日本では、年間およそ100万人が新たにがんと診断されています。「がん情報サービス」の2015年のがん統計予測(※)によると、がんの罹患数(新たにがんと診断された数)は、大腸がん13万5800人、肺がん13万3500人、胃がん13万3000人、がトップ3で、全体の4割を占めています。また、死亡数が多い部位を順番に挙げると、1位肺がん、2位大腸がん、3位胃がん、4位膵臓がん、5位肝臓がんとなります。なんと肺がん以外はすべて消化器系のがんなのです。
痔だと思ったら大腸がんのケースも
性別を問わず患者数が多く、女性の場合は死亡数1位、男性でも3位なのが大腸がんです。目立った初期症状がなく、ある程度進行すると下痢や便秘、血便といった異常は見られるものの、「ただの痔かもしれない」と放置されてしまう方もいます。それゆえ、受診されたときには既に進行してしまっていた、というケースも少なくありません。
ただし、大腸がんは人間ドックなどで行われる「便潜血検査」によって高い確率で発見することができますし、見つかったポリープをこまめに除去することで進行がんへの進行を未然に防げるため、ようやく患者増加に歯止めがかかりつつあります。高齢者人口が増えているので見かけの数は増えていますが、今後は減っていくがんです。
罹患数と死亡数、ともに3位なのが胃がんです。胃の慢性的な不快感、食欲不振、倦怠感やふらつきといった初期症状が現れますが、前の日に脂っぽい食事をした、疲れがたまっているなど、がん以外でも起こり得る症状なので、わかりづらいのが難点。とはいえ、不快感が長続きする、体重が減り続ける場合は、胃がんを疑った方がいいでしょう。
胃がんの原因は、ピロリ菌、タバコ、塩分の多い食事をはじめとする食生活の乱れなどが挙げられます。ただし、これまでお話ししたように、ピロリ菌との戦いは終盤を迎えていて、20歳代以下の若い世代ではピロリ菌感染率は2割前後まで減りました。現在、ピロリ菌は薬で除菌することもできますので、少なくともピロリ菌に依存する胃がんは減少してゆきますが、一方で、ピロリ菌が関与しない胃がんに関しては、逆に増加する可能性もあり、課題が残っています。
肝炎の予防・治療が進み、肝がん患者は減少中
肝がんは、比較的男性に多いがんです。自覚症状がほとんどなく、ある程度進行しないとわからないので、厄介といえるでしょう。原因となるのはB型やC型の肝炎ウィルスがほとんどで、肝炎から肝硬変、肝がんと進行するパターンが大半です。
しかしながら、我が国でも感染対策が取られていることから、30歳代以下の若い世代ではB型C型ともに肝炎ウィルスの感染率が低下しています。また、肝炎ウィルスに対する抗ウィルス薬剤が次々と開発されていますので、今後は肝がんの患者数も減少すると期待されます。
一方で、治療が難しいとされているのが膵臓がんです。患者数は少ないものの、罹患数と死亡数はほぼ同じ。非常に残念なことに、生存率が低いがんなのです。罹患数は男女ともに上位5つに入らないものの、死亡数では男性5位、女性4位になっています。
なぜ、死亡数が多いのでしょうか。それは、目立った初期症状がなく、有効な検診もないため、わかった時にはすでに手遅れの場合が多いからです。よくある症状としては、わき腹や背中への痛みや食欲不振が現れますが、見過ごすことがほとんどで、本人ががんと疑うケースもあまりありません。予防に関しても「これをやめれば大丈夫」という決め手はなく、わかっているのはタバコと肥満が危険因子であることです。
その他に消化器系のがんで注意するべきなのは食道がんです。罹患数も死亡数も多くはありませんが、進行がんでの死亡率が高いのが特徴です。食べ物を飲み込みにくい、喉でつかえる感じがする、熱いものがしみる感じ、といった初期症状があります。タバコやお酒が強く影響しているがんです。特にお酒で顔が赤くなりやすい人、熱い・辛い食事を好む人に多いなど、生活習慣が影響することはわかっているので、こういった点には注意したいものです。
このように、消化器のがんとひとくくりにしても、罹患する部位によって注意する点が大きく変わってくるのです。次回はがんの早期発見のポイントについてお話しします。
※全国がん罹患モニタリング集計の年齢階級別がん罹患数(1975~2011年全国推計値)および人口動態統計がん死亡数(1975~2013年実測値)より予測
東邦大学医療センター大森病院 消化器センター外科教授(食道・胃外科担当)。1984年、千葉大学医学部卒業後、同附属病院第二外科入局。87~91年、同大学院医学研究科博士課程(外科系)、91年~93年、マサチューセッツ総合病院・ハーバード大学外科研究員。97年、千葉大学附属病院助手(第二外科)、02年、千葉大学院医学研究院講師(先端応用外科学)、08年、千葉県がんセンター主任医長(消化器外科)。08年、千葉大学医学部付属病院疾患プロテオミクス寄付研究部門客員教授(消化器外科)、09年10月より、現職へ。胃がんや食道がんの専門医として評価が高い。(取材時現在)
東邦大学医療センター大森病院 消化器センター外科
http://www.lab.toho-u.ac.jp/med/omori/gastro_surgery/index.html