その他のがん 注目の治療・研究

ウイルスががんを治す?がんウイルス療法が国内で承認

2021年8月

治療用ウイルスに使用されたヘルペスウイルス

 

2020年から世界中で蔓延した新型コロナウイルスによって、世界中の人々の健康が大きく脅かされました。ウイルスは私たち人間の体に害をなすものとして、認識されています。

そんな、本来は悪者であるウイルスを利用してがんを治そうという画期的な治療が、日本で承認されました。

がんウイルス療法」と呼ばれるこの新たな治療について、順天堂大学大学院 次世代細胞・免疫治療学特任教授の神垣先生に解説いただきます。

 

ウイルスを感染させて、がん細胞だけを破壊する治療法

インフルエンザや新型コロナのようなウイルスは、私たちの体の中に入ると、体内でどんどん増殖して、さまざまな症状を引き起こします。しかし、実はこうしたウイルスは自分自身では増える力をもっていません。そのため、細胞(宿主細胞)に付着して中に侵入し、自身の遺伝子の情報を放出することでウイルスを複製させます。

ウイルスに感染した細胞は死に、その細胞から新しいウイルスが放出され、また他の細胞に感染してというふうに体内に広がっていくのです。

このようなウイルスの性質を利用し、がん細胞だけを殺すウイルスを投与することでがんを治そうという、まるでSF映画のような治療が、がんウイルス療法です。

投与するウイルスは、遺伝子を改変してがん細胞内だけで増殖できるように作られており、正常な細胞は傷つけることはありません。

がん細胞は、正常な細胞に比べて増殖が早い特徴があるので、この治療用ウイルスに感染したがん細胞は、増殖によりウイルスが周囲に速いスピードで拡散し、がん細胞を次々と死滅させていく効果が期待されます。

 

がんウイルス療法の仕組みを表した図

悪性脳腫瘍の治療薬として、日本で承認を取得

 がんウイルス療法は、1990年代から欧米などを中心に開発が進められていましたが、20216月に、神経膠腫(こうしゅ)という悪性の脳腫瘍の治療薬「デリタクト®注」として、日本ではじめて承認されました。手術や放射線治療などの従来の治療で効果が見られなかった人(小児も含む)が対象となります。

今回承認された治療薬に使われているのは、東京大学医科学研究所附属病院で研究・開発されたG47Δ(ジーよんじゅうななデルタ)というウイルスで、口唇ヘルペスの原因となる単純ヘルペスウイルスの3つの遺伝子を操作して、正常細胞では増えず、感染したがん細胞内だけで増えるようにした治療用ウイルスです。

これまで行われた臨床研究では、治療1年後の生存率が従来の治療に比べて高いことが示されており、さらにデータを収集して有効性と安全性を評価する期限・条件付き承認となっています。

 

直接攻撃と免疫によるタブルの効果も期待

がんウイルス療法が体内の免疫を活性化させるイメージ

この治療では、ウイルスの作用で直接的にがん細胞を殺傷する効果に加えて、体内の免疫の働きを強めて、がんを抑え込む「免疫療法」としての効果も期待されています。

単純ヘルペスウイルスはもともと免疫からその姿を隠すきをもっていますが、 G47Δウイルスはその働きを欠いているので、治療用ウイルスが感染したがん細胞は、免疫の攻撃を担う細胞(リンパ球)に発見されやすくなります。また、ウイルスの感染によりがん細胞が破壊されると、体内の免疫反応も活性化するので、がん細胞をさらに攻撃することが期待できるのです。

G47Δウイルスは、全ての固形がんに同じメカニズムで同じく作用することから、今後脳腫瘍以外にもさまざまながんを対象に研究が行われ、新たな治療となることが期待できる、と開発者は公表しています。

 

[監修]神垣 隆
順天堂大学大学院 次世代細胞・免疫治療学 特任教授
かみがき・たかし●1987年、神戸大学医学部卒業。神戸大学医学部附属病院食堂胃腸外科等を経て、2010年、瀬田クリニックグループ臨床研究・治験センター長就任。2017年より順天堂大学大学院医学研究科 次世代細胞・免疫治療学講座特任教授。日本再生医療学会 再生医療認定医、日本消化器病学会 専門医など。(公開時現在)