日本人の胃がんの原因の9割以上を占めると言われるピロリ菌。WHO(世界保健機関)がピロリ菌を「確実な発がん因子」と認定し、日本でも除菌治療が健康保険に適用されています。ではピロリ菌を除菌すれば、胃がんは確実に防げるのでしょうか?ピロリ菌の検査方法や除菌治療、除菌による胃がんの予防効果等について解説します。
胃がんの発症原因となるピロリ菌とは
ピロリ菌は、正確には「ヘリコバクター・ピロリ」といい、「ヘリコ」は、「らせん」を意味します。その名の通り、胃の粘膜に生息するらせんの形をした細菌で、大きさは平均1000分の4mm。日本人の胃がんの9割以上はピロリ菌の感染が原因とされます。
欧米の多くの国やアフリカ諸国でも、日本と同様にピロリ菌をもっている人は多いのですが、日本と比べて、胃がんは多くありません。これは、東アジア株と言われる日本のピロリ菌が、欧米の菌に比べ多くの毒素を産生し、胃がんを発症させる力が強い菌だからです。
かつて、胃の中は強い胃酸だらけで細菌は生きられないと考えられていました。ところが1982年、胃酸を中和するアンモニアを自ら作り出して強酸の中で生存するピロリ菌を、オーストラリアの2人の医師、ウォーレンとマーシャルが発見。さらに84年、マーシャルがピロリ菌を自ら飲み込み、自分の体で急性胃炎を引き起こす実験に成功。ピロリ菌が胃炎を引き起こすことを明らかにしました。2人はこの成果で2005年にノーベル賞を受賞したのです。
戦後70年、衛生環境の向上に伴い、日本人のピロリ菌感染率はどんどん低下しています。現在、60代以上の日本人の過半数がピロリ菌に感染している一方で、20代の感染率は10数%、10代ではもっと少なくなっています。今後、日本のピロリ菌感染者はさらに減少すると考えられます。
ピロリ菌感染の検査方法について
ピロリ菌に感染しているかどうかを調べる検査法にはいろいろあり、内視鏡を使って調べる方法もありますが、それよりも、血液や尿、呼気などを使って調べる方法が簡便です。
特に、炭素の同位元素を含んだ尿素を飲み、飲む前と飲んだ後の呼気を調べる「尿素呼気試験」は、体への負担も少なく、精度の高い方法です。ピロリ菌が作り出す酵素のウレアーゼが、胃の中の尿素を二酸化炭素とアンモニアに分解するので、もし、胃の中にピロリ菌がいれば、吐き出した呼気中に、炭素の同位元素を含んだ二酸化炭素が増加。尿素呼気試験は、その二酸化炭素の変化量を測定する検査です。
除菌治療の方法と成功率
WHO(世界保健機関)が1994年、ピロリ菌を「確実な発がん因子」と認定したことを受け、日本では2000年からピロリ菌の除菌治療が健康保険に適用されました。
当初、除菌対象者は胃潰瘍や十二指腸潰瘍などに限られていましたが、2013年からは、すべての慢性胃炎の患者さんが対象になりました。検査でピロリ菌に感染していることが分かれば、誰でも健康保険で除菌治療が受けられます。
治療には2種類の抗生物質を併用し、1週間ほどで終了。除菌できなかった人には耐性菌ができているので、さらに別の抗生物質を併用して2次除菌を行います。それでもだめだった場合は、さらに別の抗生物質を使って3次除菌をします。最終的な治療の成功率は9割前後です。
除菌による胃がんの予防効果
ピロリ菌が胃の粘膜に感染すると、粘膜に炎症が発生し、だんだん表面が萎縮してきます。この状態が長く続くと、がん化が始まります。これが、ピロリ菌ががんを引き起こすプロセスだと考えられています。
慢性胃炎の患者さんに除菌治療をすると、この萎縮が進行しないことが試験結果からも明らかになっています。また、除菌をした感染者としなかった感染者を10年間追跡調査した結果、除菌した人のほうが、胃がんの発生を抑制できたという報告もあります。
では、除菌をすれば胃がんになる心配がないのでしょうか。
除菌に成功したと判定されても、残っていた菌が再増殖することがあります。また、ピロリ菌に再感染することもあるとの指摘もありますが、そのへんのところは、まだよく分かっていません。
また除菌は、あくまでも病気予防のためで、胃がんを治療することはできません。ただ、ピロリ菌が原因で起こる「MALTリンパ腫」という胃の悪性リンパ腫は、早期に発見できれば、ピロリ菌の除菌治療だけでがんが治る場合があります。
ピロリ菌感染者が減ると増えるがんとは
胃と食道の境目を「胃食道接合部」といい、この上下2センチの範囲の中心部にあるがんを「胃食道接合部がん」といいます。かつては胃がんとされたり、食道がんとされたりしましたが、最近では胃がん、食道がんとは別のがんとして扱われています。
胃食道接合部がんは、胃酸が逆流して胃と食道の境目がただれ、炎症を起こしてがんになると考えられます。ピロリ菌を除菌すると胃の粘膜の活動が活発になり、胃酸の分泌が増え、逆流性食道炎を起こしやすくなります。アメリカでは日本人に比べてピロリ菌陰性の人が多いので、逆流性食道炎が多く見られ、その結果、胃食道接合部がんの人の割合が多くなっています。
日本でもピロリ菌陽性の人が減り、ピロリ菌が原因となるがんが減少に向かう一方、今後は胃食道接合部がんが増えることが考えられます。
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医療法人社団 滉志会 瀬田クリニック東京院長たきもと・りしゅう●1989年、産業医科大学卒業。同年、札幌医大医学部内科学第4講座に入局。98年、ペンシルバニア大学ハワードヒューズ研究所研究員。札幌医大助手(2001年)、同講師(05年)、同腫瘍診療センター化学療法管理センター化学療法管理室長(08年)を経て、14年、同腫瘍血液内科学講座准教授に。18年より現職。趣味はマラソン、読書。(取材時現在)