ドクターコラム:がん治療の現場から

第5回「がんにもつながる?今と昔で大分違う消化器官の病と傾向」

島田英昭(しまだ・ひであき)
東邦大学医療センター大森病院 消化器センター外科教授(食道・胃外科担当)

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前回は、逆流性食道炎や胃がんとピロリ菌の関係についてお話しました。近年、ピロリ菌感染者が減ったことで胃がんリスクが大きく減少する一方で、逆流性食道炎は増えているという現象が起こっています。

消化器官は胃・小腸・大腸といった「消化管」と、肝臓・胆のう・膵臓などの臓器、いわゆる「肝胆膵(かん・たん・すい)」に分けられますが、消化管の疾患では、胃潰瘍や十二指腸潰瘍、そして冒頭で出ました逆流性食道炎がよく知られています。大腸だと、加齢に伴い風船状の袋がたくさんできる「憩室症(けいしつしょう)」が近年は増えています。肉食に起因することから欧米では多い疾患で、日本では珍しかったのですが、食生活の変化に伴ってよくみられるようになりました。通常はそれほどひどい症状はありませんが、炎症を起こすと出血して血便が生じたり、さらに穿孔(せんこう:臓器に穴があいてしまうこと)すると腹膜炎を引き起こし、手術が必要なケースにまで発展する可能性もあります。

また「潰瘍性大腸炎」も増えました。これは、主に大腸粘膜に潰瘍やびらん(皮膚などの上層の細胞がはがれ落ち、内層が露出している状態)ができ、粘血便や下痢、便秘の繰り返しを引き起こす、原因不明の炎症性腸疾患です。厚労省より特定疾患にも指定されています。
これは、免疫機能が異常を起こして自分の大腸粘膜を攻撃してしまうことなどが原因と考えられていますが、現代人の腸内細菌のバランスが崩れたことが関係していると私は推察しています。腸内細菌は、からだの免疫と密接な関係を持っています。おそらくは昭和世代にはお馴染みのギョウチュウが減ってきたあたりからの傾向でしょうか、幼少期からの抗生物質の多用も一因だろうと思います。

現代の環境は本来の人間が哺乳類として生活する環境より極端に清潔になっており、これはとても不自然なことです。腸内細菌は、からだの免疫と密接な関係を持っています。
子供のころ抗生剤を使いすぎると、腸内の有益な細菌までダメージを受けることで腸内環境をアンバランスにさせてしまい、病気が発症しやすくなることも考えられます。口腔から肛門まで、全消化管に瘍などができる、同じく原因不明の「クローン病」が増加している背景も、同じことかもしれません。

健康な人の便が治療の決め手に?

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腸内細菌に関してはおもしろい話があります。、潰瘍性大腸炎の患者に、健康な人の便を肛門から注入すると、治療効果が期待できるそうです。「糞便移植療法」という、れっきとした治療法で、最新医療として国内でも千葉大学などで研究が始まっています。あ、ちなみに糞便をそのまま使うのではなく、乾燥させてカプセル状にしてから注入しますから、ご心配なく(笑)。

どういうことかというと、健康な人が長年にわたり醸成した腸内細菌は、非常に良い状態で絶妙なバランスがとられているため、これを腸内細菌のアンバランスが原因となっている潰瘍性大腸炎の患者さんに移植すると症状が改善していくのです。残念ながら人間が作った薬では、このような何百万種類という腸内細菌のバランスを再現できません。快食快便な人の便は、じつはお宝だということになります(笑)。人の身体は神秘のベールに包まれた複雑な機能を持っており人工的にコントロールすることが難しいことも多々あります。

肝胆膵だと、胆石は相変わらずのペースで、日本人の20人に1人が胆石を持っているという診断を受けています。死に至ることはほぼありませんが、痛みを伴う疾患として、広く知られています。一方、肝炎も有名な疾患です。とはいえ、B型、C型ともに治療が難しい病気ではなくなりました。C型に関しては、高価ですがウイルスを95%100%駆除できる薬も登場しました。残る課題は、B型やC型とは異なる、ノンB型、ノンC型の肝炎と肝硬変の治療です。

大きな疫学的な見地に立つと、消化器系の疾患は今後、ゆっくり減っていくと思います。全世界で見ても、たとえば東南アジアでは、ピロリ菌、B型・C型肝炎を中心に、感染による疾患が多くみられましたが、それらは改善の傾向が見えてきました。しかし、一方で日本と同じように憩室症・憩室炎や潰瘍性大腸炎といった炎症系疾患が増え始めています。

そして、こういった消化器系の疾患は、ともすればがんを引き起こす遠因になります。次回は、その点をお話ししましょう。

 

shimada_vol.1_02島田英昭(しまだ・ひであき)
東邦大学医療センター大森病院 消化器センター外科教授(食道・胃外科担当)。1984年、千葉大学医学部卒業後、同附属病院第二外科入局。87~91年、同大学院医学研究科博士課程(外科系)、91年~93年、マサチューセッツ総合病院・ハーバード大学外科研究員。97年、千葉大学附属病院助手(第二外科)、02年、千葉大学院医学研究院講師(先端応用外科学)、08年、千葉県がんセンター主任医長(消化器外科)。08年、千葉大学医学部付属病院疾患プロテオミクス寄付研究部門客員教授(消化器外科)、09年10月より、現職へ。胃がんや食道がんの専門医として評価が高い。(取材時現在)

東邦大学医療センター大森病院 消化器センター外科
http://www.lab.toho-u.ac.jp/med/omori/gastro_surgery/index.html

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