放射線を照射することで、がんを治療する放射線治療は、外科療法や化学療法と並ぶ、がんの3大治療法の1つ。
100年以上の歴史ある治療法だが、日本では欧米に比べて専門医や専用の施設を有する医療機関が限られており、放射線治療は他の2つの治療法に比べて普及が遅れがちだったといえる。しかし、近年、新しい技術や機械などが開発され、がんの先進的治療の一翼を担い、放射線治療を希望する患者さんも増加傾向にある。そんな放射線治療の「今」を、国内でも分野をリードする群馬大学医学部附属病院の吉本由哉先生と、医療法人社団日高会 日高病院の大西真弘先生に聞いた。
放射線治療の基本的な仕組み
「治療用の放射線には、X線、陽子線、重粒子線などがありますが、放射線をがん細胞に当てることでDNA(遺伝子)を傷付け、それによってがん細胞を細胞死へと追いやるという、根本的な仕組みは共通しているんです」と、群馬大学医学部附属病院放射線科の吉本由哉先生はいう。
通常、私たちの体内では、細胞分裂によって新しい細胞が生まれ、古い細胞が死んでいくという新旧交代が繰り返されている。がんの場合は、正常細胞に比べて分裂の速度が速いので、体内で急速に大きくなって広がるという事態も起こり得る。しかし、細胞内にあるDNAを傷付けると細胞は分裂できなくなり、死滅していくのだ。
放射線の種類と公的医療保険の適用がなされる照射方法(2017年3月現在)
ただし、放射線照射が正常細胞に当たってしまうと、その正常細胞まで傷付けるため、できるだけがん細胞だけをねらってピンポイントで照射する必要があり、そこに専門医の技術や経験が生かされる。
放射線治療のメリット
抗がん剤の中にも、DNAを傷付けて治療するタイプのものがあるが、抗がん剤が全身療法であるのに対し、放射線治療は局所療法。「局所療法という点では、放射線治療は、むしろ手術と比較されることが多いでしょう」と吉本先生。
どちらの治療法にもメリットがあるが、がん治療では、「まず手術によって悪い部分を取り除く」という考えが主流だったため、転移がなく局所治療ができる場合は手術が選択されることが多い。だが、人間の体には、頭頸部、骨盤部など、取り去ってしまえない部分もある。こうした部分の治療に力を発揮するのが放射線治療のメリットといえる。
「手術と放射線治療は、治療結果の良し悪しについての判断方法も異なります。手術の場合は、がん(患部)が完全に取り切れたかどうかで治療がうまくいったかどうかを判断しますが、放射線治療は違います。照射によって早めに消えるがんもありますが、多くは照射を終えた時点ではまだ腫瘤(しゅりゅう)が残っていて、私たち専門医は、治療後徐々に小さくなって消えていく過程を想定しながら治療を終了します。非常に難しい判断を迫られて悩むこともありますが、そこが放射線医としての知識や経験値が重要になってくるところです」(吉本先生)
高精度なピンポイント照射が可能なトモセラピー
群馬大学は国内でもいち早く重粒子線治療施設を設置するなど、他に先駆けて放射線治療に積極的に取り組んでおり、放射線腫瘍医の教育が盛んなことでも知られている。
同じ群馬県内に位置する日高病院では、先進的な放射線治療の1つとして注目される「トモセラピー」を2006年から導入し、2000以上の症例数をもつ。今年から、トモセラピーの特徴であるヘリカル(らせん)照射に加え、固定照射もできる最新のトモセラピー「ラディザクト」を導入し、疾患に応じた最適な治療を行うことができるようになった。
トモセラピーとは、放射線治療の1種、IMRT(アイ・エム・アール・ティー=強度変調放射線治療)の専用機として開発された治療装置の名称だが、それが現在では治療法の名称として広く浸透している。
群馬大学医学部出身で、同病院で放射線治療を担当する大西真弘先生によれば、「IMRTは、コンピュータ制御で様々な角度から照射するビームの形状を変化させ、それぞれのビームの放射線量に強弱をつけることで、病巣の形状に合わせて集中的に照射することができます。トモセラピーの特徴的ならせん状の照射では、より複雑な形状の病巣であっても、正常な臓器を避けながら病巣に集中的な照射を行うことが可能です」とのこと。いびつな形の腫瘍や領域への照射が可能なことから、前立腺がんや頭頸部領域の治療に使用されることが多い。
IMRT(Intensity Modulated Radiation Therapy)は、コンピュータによる最適化計算により、不均一な放射線強度をもつ照射ビームを多方向から照射し、標的となる腫瘍の形状に一致した線量分布を形成することができる治療法である。標的に高い線量を投与する一方で、隣接する正常臓器に対しては線量の低減を可能とする。トモセラピー(TomoTherapy)はIMRTに特化した治療装置である。
トモセラピーが「高精度」なのは、放射線照射とCTの撮影が同一の寝台上で行えるからだ。
「従来の放射線治療では、体表に印を付けて、そこを目印に照射の位置を合わせていました。トモセラピーでは、毎回の照射直前にCTの撮影を行い、照射の位置を合わせるので、ミリ単位の精度の高い治療が可能です。位置の誤差を考慮した照射マージン(照射部分を広めにとっておくこと)を小さくできるので、副作用のより少ない治療を行うことができます」
また、ベッドを可動しながら照射するため、1度に長い患部を照射することができ、脳腫瘍における全脳全脊髄照射などにも適している。
「従来の治療装置では、照射野を分割して治療を行うので、つなぎ目の部分が過線量にならないように照射を加減しなくてはいけませんでした。トモセラピーであれば連続的に照射するので、長い照射野であっても均一に治療を行えるメリットがあります」。
トモセラピーによるIMRTは、2007年に先進医療として承認され、10年4月からは、限局した固形がんに対して保険診療適用になった。
放射線治療をきっかけに活性化する免疫力
このように精度を増す放射線治療ついて、吉本先生に今後の展望を聞いてみた。
「実は手術と比較した場合、放射線治療にはもう1つ注目すべき点があります。それは患者さんの免疫力を活性化させるという点です」
手術の場合は、体内からがんを取り去ってしまうが、放射線治療では、死滅したがん細胞の残骸が体内に残る。それが、患者さんの体内の免疫細胞の活動を刺激して、がんに対する免疫が活性化されるのだ(図参照)。これによって、放射線が直接当たっていない部分を含め、全身的な効果も期待できるのではと研究者の間で関心を集めている。
米国でも、肺がんに放射線をまず当てて、そのうえで免疫の活性化をサポートする薬剤( 免疫チェックポイント阻害薬)を投与したところ、放射線を当てていない部分の全身のがんが消失した、という最新の研究結果が注目されている。
「腫瘍に強い線量の放射線を当てた後、すぐに免疫チェックポイント阻害薬を投与すると、2割ぐらいの患者さんの体内からがんが消えたというデータです」
なぜこのような結果が得られたのか。吉本先生はこう説明する。
「放射線治療によって患者さんの免疫が活性化されたときを狙って、免疫の働きを促す免疫チェックポイント阻害薬を投与したことで、免疫がいっそう強化されたためでしょう」
さらに吉本先生と大西先生は、「免疫チェックポイント阻害薬の他にも、免疫を強化・活性化させる治療法はあります。こうした治療法と放射線治療を組み合わせることで、がん治療の可能性が広がり、病期の進んだ患者さんの治療にも適用できるのではないでしょうか」と今後の展開に期待を寄せている。
群馬大学医学部附属病院 放射線科
よしもと・ゆうや ●群馬大学医学部卒業後、 同大学医学部附属病院 放射線科へ。2013年よ り2年間スウェーデン に留学し、カロリンスカ 研究所で腫瘍免疫研究 について学ぶ。日本医学放射線学会放射線治療専門医。(取材時現在)
医療法人社団日高会 日高病院 放射線科
おおにし・まさひろ ●群馬大学医学部卒業後、日高病院で研修。埼玉県立がんセンター、群馬大学医学部附属病院を経て、2014 年より、日高病院で放射線治療に当たる。日本医学放射線学会放射線科専門医。(取材時現在)