注目の治療・研究

免疫セマフォリンの性質を利用してがん細胞の移動を抑制。将来に向けた診断、治療法が期待される

2014年10月28日

体内での働きを利用して治療に役立てる

では、セマフォリンは体内でどのような働きをしているのだろうか。体内に病原体が入ってくると、免疫細胞の一種である樹状細胞が「SOS」を伝えにリンパ管を通ってリンパ節に移動する。セマフォリンはリンパ管の細胞でつくられると、リンパ管内に分泌されて、受容体の力を借りて樹状細胞を誘導する。つまり、樹状細胞の道案内をセマフォリンが担っているのである。この仕組みと同様に、がん細胞が血管内を移動するときには、血管の細胞からセマフォリンが分泌され、セマフォリンに押し出されるようにがん細胞が動いていく(下図を参照)。

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がんが大きくなるとともに、セマフォリンやセマフォリン受容体が大量につくられる。この特性を利用し、ヒト型化した抗体医薬を用いて過剰な分をブロックし、誘導を抑える方法を開発中である。従来の抗がん剤治療が、がん細胞の増殖を叩いて抑えるものであるのに対し、セマフォリンをブロックする治療は、がん細胞の転移を抑える性質のものだ。抗がん剤あるいは外科治療との併用が可能と考えられているので、患者の一層の症状改善が期待される。自分の体の中の免疫システムを利用したこの治療法は、痛みなどがない。体に優しいことから、実際に治療の場で使える日が待たれている。

 

[未来への希望]セマフォリンの性質と細胞の関係を利用した診断と治療法の開
診断では治療法を予測する指標(マーカー)としての応用に期待が集まる。個々の患者にセマフォリンがどのくらい効くかは患者の体質、免疫の状態、がんの種類・組織型などによって変わってくる。治療を始める前に、セマフォリンの量を測定キットで血液から簡便に測ることで有効な治療法を予測し、副作用も未然に防ぐことができるようになる。
また、セマフォリンは不整脈やアトピー性皮膚炎、骨代謝、統合失調症など、さまざまな病気の原因に関わることがわかってきており、多くの研究者が注目している。病気を治す創薬ターゲットにもなりつつある。

vol4_saishin_02熊ノ郷淳(くまのごう・あつし)
1991年に大阪大学医学部医学科卒業後、大阪逓信病院内科を経て、1997年大阪大学微生物病研究所分子免疫制御分野助手、2003年同助教授、2006年同研究所感染病態分野教授に。2007年より同大学免疫学フロンティア研究センター教授に就く。2012年より、同大学大学院・医学系研究科・呼吸器免疫アレルギー内科学教室教授。2005年、第一回日本学術振興会賞、2011年文部科学大臣表彰・科学技術賞を受賞。(取材時現在)
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