注目の治療・研究

がん細胞に栄養を送る血管を遮断して 腫瘍を死滅させる「動脈塞栓術(そくせんじゅつ)」

堀 信一(ほり・しんいち)医療法人龍志会 IGTクリニック院長

2016 年2月17日


標準治療では効果の上がらない患者さんのために、現在、様々ながん治療の研究が進んでいる。その中で、手術などに比べ、患者さんの体への負担が少なく、副作用もない治療法として注目されているのが血管内治療の1つの「動脈塞栓術」だ。様々ながん種に効果が期待でき、また医療保険が適用されるので、この治療法を選ぶ患者さんが増えている。

血管内治療は、動脈や静脈にカテーテルと呼ばれる細い管を挿し込んで血管の内側から治療する方法で、大きく2つに分けられる。1つは、血管を内側から広げる血管拡張術で、太ももなどの血管にカテーテルを入れ、血栓やコレステロールで狭くなった血管を広げる治療法。すでに一般化した治療法で狭心症や心筋梗塞、また脳血管の病気などに導入されている。

もう1つが動脈塞栓術という治療法で、腫瘍に栄養を送っている血液の流れを止めて、腫瘍が育つのを阻止したり、腫瘍を壊死(えし)させたりする。動脈塞栓術の中でもがん治療として注目されるのが新しい技術を使った動脈塞栓術で、その第一人者が、関西国際空港近くでゲートタワーIGTクリニックを開く堀信一院長だ。

 

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様々ながん種に対応できる日本で唯一のクリニック

動脈塞栓術を行う病院は日本各地にあるものの、肝細胞がんのみを対象とする施設がほとんどで、様々ながん種に対応しているのはこのクリニックだけ。その理由を堀先生は次のように説明する。

「まず設備投資の問題が挙げられるでしょう。この治療は、患者さんの血管に入れた造影剤の流れを画像に映し出しながら行います。ですから血管造影装置とCT装置を組み合わせた装置が必要で、これは高額なうえにメンテナンスの費用もかかる。当院のように民間で、しかもこの治療に特化した病院でなければ、運営が難しいと思われます」

 

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クリニックは、南海電鉄とJR西日本が乗り入れるりんくうタウン駅に隣接するりんくうゲートタワービルの11階にある。2016年の10月には拡張のため、近隣のメディカルりんくうポートビルに移転。

 

さらに、1.0ミリ以下のマイクロカテーテルを血管内で自在に操作するには高度なテクニックが求められ、どの血管ががん細胞と通じているかを見極めるには長年の経験が必要とされる。

「以前は、血管の流れを止めるのに使う塞栓材料にも問題がありましたが、良質で副作用のない塞栓材料の開発によってクリアされました」。20年以上かけて塞栓材料を開発したのも実は堀先生だ。

「現在、がん患者さんの約5割は、手術や抗がん剤、放射線などによる標準治療で治りますが、あとの5割の患者さんは、悪化の一途をたどったり、再発に悩まされたりしています。他によい治療法はないかと長年研究を続けてきた結果、行き着いたのが血管内治療の1つである動脈塞栓術です。医療保険が適用されるので、患者さんの経済的負担もそれほど大きくはないと思われます」

 

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治療時間は3時間以内 入院は長くても5日ほど

遠方から訪れる患者さんのことを考慮すると、診断や治療をスピーディーに行う必要がある。そこで、このクリニックでは、実際に治療が可能か、適用するかどうかを患者さんとの電話やメールのやりとりで事前に確かめる。その結果、「治療ができる」と判断した患者さんに限って受け付け、詳細な検査や治療のデータを持参してもらうようにしている。

「来院されたらすぐに検査をして、翌日には血管内治療を行います。治療にかかる時間は1時間半から3時間ほど。トータルで3~5日の入院ですみますが、がんを封じ込めるには、この治療を2、3回繰り返す必要があります」

手術や放射線治療との併用も有効で、転移のために手術のできない患者さんの場合、転移部分を血管内治療で消した後、原発部分を手術で取り除くという方法も考えられるという。また、腫瘍が大きすぎて放射線治療ができない場合でも、血管内治療によって小さくできれば、放射線治療の可能性が出てくる。

 

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「データの集積や若手の育成など、成すべきことは山積みですが、この治療には手応えがあります」

現在、クリニックを訪れるのは国内外からの患者さんだけでなく、その技術を習得しようという医師も増えている。

●治療が可能な疾患
<悪性腫瘍>
肝細胞がん、転移性肝がん、原発性肺がん、転移性肺がん、縦隔(じゅうかく)腫瘍・縦隔リンパ節転移、胆嚢(たんのう)がん・肝内胆管がん、膀胱(ぼうこう)がん、子宮がん・卵巣腫瘍、乳がん、乳がん術後再発・胸壁転移、頭頸部がんなど。
<良性腫瘍・良性疾患>
子宮筋腫、脾腫(ひしゅ)、動静脈奇形など。

●治療が難しい疾患
脳腫瘍・脊髄腫瘍、白血病・悪性リンパ腫、腹部リンパ節転移 腹膜播種(ふくまくはしゅ)、消化管腫瘍原発病巣など。

●治療が難しい状況
黄疸(おうだん)、重度の腎機能障害、造影剤ショックの既往、全身状態が極度に悪い場合、長時間の安静臥床(がしょう)が不可能な場合など。

vol.8_saizensen_08温熱療法などとの併用で高い治療を目指す
「動脈塞栓術と温熱療法を組み合わせることで治療効果が上がったので、今後は他の治療法との組み合わせも研究していきたい」と語る堀先生。温熱療法とはマイクロ波などを利用して、がん細胞の温度を上げて死滅させる治療法だ。また、新たに開発した血管塞栓材料には、様々な薬剤を吸い込んで、それを体の中で放出するDDS(Drug Delivery Systemの略。体内の薬物分布を時間的、量的、空間的に制御し、コントロールするシステム)と呼ばれる能力があるので、抗がん剤と組み合わせて効果を上げることもできる。免疫細胞治療やラジオ波治療などとの組み合わせにも可能性を感じているという。

 

vol.8_saizensen_07堀 信一(ほり・しんいち)
1975年、徳島大学医学部卒業。専門分野は血管内治療、腹部画像診断。大阪大学医学部、大阪府成人病センター、スイス・ベルン大学医学部などの放射線科で研さんを積み、89年、大阪府立成人病センター放射線科の医長に就任。その後、大阪市立泉佐野病院放射線科部長などを経て、2002年、ゲートタワーIGTクリニック院長となる。(取材時現在)
【問い合わせ先】
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TEL:072-463-3811(8:30~19:00 木日祝を除く)
URL:http://www.igtc.jp/