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手術支援ロボット「ダヴィンチ(da Vinci)」。2018年、幅広いがんで保険診療に。

監修:瀬戸泰之(せと・やすゆき)東京大学医学部附属病院 胃・食道外科科長 教授

2018年7月25日

2018年4月から放送され話題になった、嵐・二宮和也さん主演の医療ドラマ、「ブラックペアン(TBS系)」。このドラマでは、最新鋭の手術支援ロボット“ダーウィン“が登場しますが、実はこの手術支援ロボットは、ダヴィンチという名で実際の医療現場で既に使われており、2018年4月には肺がんや胃がんなど、幅広いがんの手術において保険適用になったことでも話題になっています。ロボット支援手術の特徴とその費用について、東大病院の瀬戸先生にお聞きします。

ロボット支援手術ダヴィンチのカメラとロボットアーム

ロボットテクノロジーで内視鏡手術をサポートする、ロボット支援手術とは

患者さんに直接触れることなく、医師が患部の立体画像を見ながら遠隔操作でロボットアームを操作して手術を行うこのロボットは、ダヴィンチ(da Vinci® サージカルシステム)といい、米国インテュイテイブ・サージカル社が開発したものです。

ダヴィンチの名称は、15世紀の発明家・哲学者で、人体の解剖学に関する研究を進歩させたことでも広く知られるレオナルド・ダヴィンチから取られています。

手術支援ロボット「ダヴィンチ」は当初、米国陸軍によって、戦場での兵士の手術を本国から遠隔で行うシステムとして開発がはじめられましたが、その後民間での治療システムとして転用開発され、2000年には、一般的な腹腔鏡下手術のための初のロボット支援下手術システムとして、FDA(アメリカ食品医薬品局=日本の厚生労働省にあたる)により認可されました。

ロボット支援手術と言っても、ロボットが自ら考え、勝手に動いて手術を行うわけではなく、これまで人間が行なっていた内視鏡下手術(腹腔鏡、胸腔鏡手術等)に、ロボットの優れた機能を組み合わせて発展させた術式です。

ダヴィンチの内視鏡カメラと3本のアームを患者さんの体に挿入し、術者が数メートル離れたコンソール(操作席)に座り、3Dモニターを見ながら遠隔操作で装置を動かすと、その手の動きがコンピュータを通してロボットに忠実に伝わり、手術器具が連動して手術を行います。

カメラとアームは1cm 前後の小さい切開部分から体に挿入できるため、大きく体を切り開く必要がなく、出血など患者さんの体への負担が少ないことが特徴です。また、ロボットアームはコンピューター制御で非常に精度が高く、毛筆で米粒に漢字を書くような細かい作業も可能となっています。

 

ダヴィンチ手術の特徴とメリット・デメリット

最新版手術支援ロボットダヴィンチXiと看護師
©Intuitive Surgical, Inc.

日本におけるロボット支援手術の先駆者のひとりとしてダヴィンチによる食道がんの手術に取り組み、後継者の指導にも尽力する、東京大学医学部附属病院 胃・食道外科科長の瀬戸泰之教授は、そのメリットを語ります。

「ダヴィンチは、細長いロボットアームやカメラによって、人間の手が入らないような狭い空間でも手術ができます。ロボットアームは人間の関節よりはるかによく動く7つの関節可動域をもち、またカメラは3D画像のため、患部を立体的に捉え、拡大して見ることもできます。ロボットアームとカメラを自在に操作することで、精度が高くて細かい作業が可能となり、非常に小さい切開で手術を行うことができるのです。」

「食道は胸骨や気管、心臓の裏側にあり、左右を肺が囲んでいます。そのため食道がんの手術では大きく胸を開き、片方の肺を特殊な麻酔で膨らまないようにして行うため、40%ほどの確率で肺炎などの合併症が起きていましたが、ロボット支援手術の導入によって肺を縮める必要もなくなり、こうした合併症が避けられるようにもなりました。」

一方デメリットについて、治療を受ける患者さんにとってのデメリットではありませんが、ロボットを扱うためには医師が一定のトレーニングを積む必要があることと、ロボット手術を安全に行うために、実施できる施設の基準等が定められており、現時点では受けられる病院が限られています。
 

ダヴィンチ手術の費用 −18年4月に幅広いがんで保険適用に

2018年4月、この手術支援ロボット「ダヴィンチ」を用いたロボット支援下内視鏡手術12件(うち癌治療7件)が一挙に保険適用となり、それまで100万円以上かかっていた治療費の自己負担は、通常の内視鏡手術と同程度になりました。今回保険承認の対象となったのは肺がん、食道がん、胃がん、直腸がん、子宮がんなどです。

ロボット支援手術が保険適用となるがん(2018年7月現在)

これまでに保険適用となっていたがん
●前立腺がん -2012年4月より
●腎臓がん -2016年4月より

2018年4月より新しく保険適用となったがん
●縦隔がん(悪性腫瘍、良性腫瘍)
●肺がん(肺葉切除又は1肺葉を超えるもの)
●食道がん
●胃がん
●直腸がん
●膀胱がん
●子宮体がん

※縦隔とは左右の肺の間の空間を指し、心臓、大血管、気管、食道、胸腺などの臓器があります。これら縦隔内の臓器に発生したがんの総称が縦隔がんです。

※上記のがんの手術のうち、内視鏡手術(胸腔鏡や腹腔鏡)が認められているものが、ロボット手術の保険適用の対象になります。

 

日本においては、2012年4月に前立腺がんの全摘手術において初めて保険診療となり、その後は2016年に腎臓がんの部分切除で認められたものの、その他のがんでは既存の内視鏡手術などと比べて優位性が科学的に証明できていないとして、保険診療ではなく研究医療や自由診療として実施されてきました。

今回の保険適用は、まだ完全に優位性が証明された訳ではないものの、既存の技術と同程度と認められること、また保険診療に認めることで症例数を増やし、優位性を証明していこうとする目的があります。また、より安全に実施するために、ロボット支援手術の経験がある医師が常勤していることなど、手術の種類ごとに実施できる施設基準も設けられています。

但し、子宮頸がんなどではまだ保険に認められておらず、先進医療として治療を受けた場合130〜150万円程度の自己負担となります。

瀬戸先生は、「ロボット支援手術はまだ始まったばかりで長期的な治療成績は出ていませんが、この調子でいけば従来の手術と変わらない成績が期待されますし、体に負担の少ない治療として今後広まっていくと予想されます」と期待を寄せています。

 

瀬戸泰之
東京大学医学部附属病院 胃・食道外科科長 教授
せと・やすゆき●1984年、東京大学医学部卒業。癌研有明病院を経て、2008年、東京大学医学部消化管外科学教授に。手術支援ロボット「ダビンチ®」を用いた食道がん治療の第一人者として、体に負担の少ない手術方法を追求し続ける。日本外科学会理事、日本消化器外科学会理事などを歴任。(取材時現在)