子宮がんや乳がんなどの手術後、手足にリンパ液が滞ってむくむ「リンパ浮腫」に苦しむ患者さんは多い。東京大学医学部附属病院の光嶋勲教授(形成外科・美容外科)はリンパ管と静脈をつなぎ、リンパ液を還流させて浮腫を治す「リンパ管静脈吻合(ふんごう)」を行い、世界中から注目を集めている。リンパ管静脈吻合には、直径0.3ミリのリンパ管を細い静脈に縫合する「神業」が必要で、光嶋教授は、この超微小手術の第一人者。最近、浮腫の患者さんの0.4%に発生するリンパ管や血管の「肉腫」が、リンパ管静脈吻合で治癒できる可能性があることも分かった。
筋肉の損傷を最小限に。画期的組織再建法
直径が1ミリ以下の血管やリンパ管を顕微鏡下でつなぐ微小手術を「マイクロサージャリー」と呼ぶ。体の組織の一部を切り取って、そのまま体の別の場所に張り付けても、血管をつながなければその組織を生かすことはできないため、こうした手術が必要となる。しかも、直径1ミリの血管をつなぐには0.1ミリの針を使用。0.1ミリといえば髪の毛の太さだ。
マイクロサージャリーの歴史は1965年、奈良県立医大の玉井進医師が、世界で初めて完全にちぎれた人の親指の指先をつなぐことに成功したことから始まった。1989年には、光嶋教授が「穿通枝皮弁(せんつうしひべん)」という新しい組織再建法を発表。筋肉を犠牲にしないこの手術法は、乳がんの患者さんらに大歓迎され、一気に世界に広まった。
乳がん手術で失われた乳房を再建する場合、以前は下腹部の筋肉にある太い血管を使い、皮膚の他、血管周辺の筋肉や脂肪もごっそり取り出して胸部に移植していた。しかし、穿通枝は脂肪組織に栄養などを供給する太さ0.5ミリの血管で、光嶋教授は、この穿通枝をつなぐだけで組織が生着することを実証。腹筋などの大事な筋肉を損傷することなく乳房の再建ができることを示したのだ。
箸(はし)を使う器用な日本人だからできる手術
光嶋教授は「太さ0.5ミリの血管をつないだ当初、『指先をつなぐことに、どんな医学的発展が期待できるのか』と、あまり注目されなかった」と振り返る。しかし実際には、0.5ミリの血管をつなげると、様々な移植が可能になる。細胞の再生能力を利用して、耳の組織からまぶたができるし、盲腸で尿道をつくることもできる。「従来は皮膚で尿道をつくっていたが、粘膜によって伸縮性に富む盲腸は最高の尿道になる」と言う。
太さ0.5ミリ以下の超微小手術は「スーパーマイクロサージャリー」と呼ばれ、光嶋教授は太さ0.1ミリの血管もつなぐ。「0.1ミリともなると東洋人にしかできない。日本人が1番うまく、次が韓国人、そして中国人。西洋人には難しい。日本人ができる理由は、箸で米粒をつまむほど器用だから。ピンセットや受針器で太さ0.05~0.03ミリの針をつかみ、これが箸の使い方とそっくり」
スーパーマイクロサージャリーは、日本のお家芸とも言えそうだ。
浮腫を治すリンパ管静脈吻合
光嶋教授のところには最近、リンパ浮腫の患者が多く訪れる。太さ0.3ミリのリンパ管を細い静脈につなぐと、浮腫内のリンパ液が正常に流れ出して手足のむくみが解消される。特に腕の浮腫はよく治るが、足の浮腫は吻合した後、弾性ストッキングで圧迫しないとなかなか治らないことがある。
リンパ管には通常、平滑筋細胞が付いていて、これが収縮することでリンパ液を送り出す。ところが、リンパ管静脈吻合をしても良くならない患者さんのリンパ管には、何らかの理由で平滑筋細胞がなくなっていることが分かった。このため光嶋教授は、体の他の場所の正常なリンパ管に血管を付けて、患部に移植する独自の治療法も考案した。これなら、リンパ管が正常に働いて浮腫を治療することができる。
さらに、がんの手術の直後にリンパ管静脈吻合をすれば、リンパ管から平滑筋細胞が失われることもない。「早期の吻合で浮腫は完治できる。リンパ管静脈吻合は、予防的に平滑筋細胞が損なわれる前に行うべきです」。
光嶋教授は東大病院で週に1日だけ外来を診て、手術も行う。だいたいリンパ浮腫関連が多い。診療予約は2カ月おきに電話で受け付けているが、この日は朝から予約の電話が鳴りっぱなし。光嶋教授の手術が決まった患者さんの1人は「朝から晩まで電話をかけ続けた。予約が取れたのは宝くじに当たったようなもの」と喜んだという。光嶋教授は、今、日本で最も人気がある外科医の1人だ。
血管肉腫治癒の可能性も期待できる
最近、リンパ管静脈吻合がリンパ浮腫に発生する血管肉腫を治癒させる可能性があることが分かった。血管肉腫は極めて珍しいがんで、良い治療法もなく、転移しやすい悪性のがん。光嶋教授はこれまで13人の血管肉腫の患者さんを診てきた。手術をしなかった10人は半年から1年の間に亡くなったが、過去にリンパ管静脈吻合をした3人の患者さんについては、がんが自然に消失した。
たとえば3人のうちの1人は、リンパ管静脈吻合で浮腫がなくなったものの、5年後に肉腫を発症。その後2カ月間、悪化の一途をたどったが、さらに3カ月で突然回復し、6カ月で完全に肉腫が消失した。がん消失の理由は不明だが、「肉腫は局所の免疫不全によって起こります。吻合を受けていたことで免疫不全が解消されて、がんを攻撃するキラーT細胞が活性化したのではないかと考えられます」。さらに「血管肉腫の予防や治療だけでなく、全身性のがんの予防や治療のヒントがつかめるかもしれない」と期待する。
光嶋勲(こうしま・いさお)
1976年に鳥取大学医学部を卒業。筑波大学臨床医学系形成外科講師、川崎医科大学形成外科助教授、ハーバード大学留学、岡山大学医学部形成再建外科教授などを経て、2004年から東京大学医学部附属病院 形成外科・美容外科教授。リンパ管静脈吻合・リンパ管移植約1,500例、海外講習会でのライブ手術約60件、指導した外国人医師約3,000人。(取材時現在)