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免疫セマフォリンの性質を利用してがん細胞の移動を抑制。将来に向けた診断、治療法が期待される

がんをはじめ、さまざまな病気の原因を解く「セマフォリン」

21世紀に入り、免疫研究が契機となってセマフォリンと呼ばれるタンパク質が、さまざまな病気の原因を解く鍵となる分子として、がん治療への応用が期待されている。この「病気の鍵分子」を発見したのは、現在、大阪大学大学院で免疫アレルギーを専門とする熊ノ郷淳教授。セマフォリンはもともと、母親の胎内で1個の受精卵からヒトの臓器や体の形がつくられていく発生の過程で、神経が伸びる方向や長さを決めるタンパク質として知られてきた。

1990年の初め頃からこれまでに約30種類のセマフォリンが見つかり、セマフォリン・ファミリーと総称されてきた。熊ノ郷教授が免疫に関する遺伝子を調べていたところ、免疫不全症という病気に関連する分子として、セマフォリンが見つかった。ヒトの発生の過程に使用されるタンパク質がなぜ免疫系に存在しているか? 不思議に思った熊ノ郷教授はさらに深く調べ、2000年に世界で初めて免疫セマフォリンの一つであるSema4Dの存在を見つけた。

まずマウスを使って調べていくと、Sema4Dを持たないマウスでは免疫反応が低下していることがわかった。さらにヒトでは、Sema4Aというセマフォリンが体内に少ないと免疫細胞のバランスがくずれ、アトピー性皮膚炎などのアレルギー症状を引き起こす。逆に多すぎると中枢神経が炎症を起こして自己免疫が増悪し、視力障害や運動機能麻痺を伴う多発性硬化症などの慢性疾患を発症する傾向が認められた。

熊ノ郷教授は、その後も研究を続け、10年間でセマフォリン・ファミリーが病気の原因を解く鍵分子であることを次々と明らかにした。研究は国内外で進み、他の科学者もさまざまな疾患への関与を見つけている。たとえば、Sema3Aは心臓突然死や骨粗しょう症、Sema3Bや3Fは肺がんのがん抑制遺伝子、3Eはがん転移、4Dはがん浸潤に関連していた。つまり、セマフォリンは免疫の働きやバランスに必要な分子であった。母親の胎内で人としての形をつくるために働いた後は、免疫という領域で外界から身を守るために再利用されているのだという。

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