死を見つめて人生を問う。ずっと続けてきたことだから、がんになっても変わらない。
これを機に宏司さんの体は徐々に回復していった。「ここまできたら、普通の男としての人生をまっとうさせてやりたい。それには、生きる喜びと誇りのもてる仕事を与えなければ――」。小椋さんは、様々な学校や職人のもとへ宏司さんを連れて行った。「その中で唯一興味を示したのが琵琶づくりの修業。息子は親元を離れての修業に10年間、耐えました」。
40歳を過ぎた宏司さんは、今、日本に3人しかいない琵琶づくりの職人として伝統を支えている。
「余命」を明るく受け止めて希望をもって生きる
「がんは手ごわい病気ですが、深刻になり過ぎることはないと思います。僕の場合も、生きる意味を求めて、日々、努力を続けることに変わりはありませんでした」
転移も再発もなく14年が過ぎたが、不都合もある。胃の大半を切除したことで食欲が起こらず、肉、牛乳、油ものはNG。すしも時間をかけて2貫食べるのがやっとなのだ。しかし、小椋さんは前向きだ。毎日、食事の工夫をしてくれている妻に感謝し、「がんのおかげで小食になり、血糖値が正常になった」と笑う。昨年は、生前葬コンサートで話題を集めた。「葬式を終えて、『余命』という新しい人生を歩き始めた。Simple Slow Steadyをモットーにゆっくりだけどしっかり生きていこうと決めました」。小椋さんの言う「余命」には、希望と歓びがある。
