がんを明るく生きる

前向きに臨めば何事もうまくいく―角 盈男(元プロ野球選手・野球評論家)

角 盈男(すみ みつお)
1956年、鳥取県生まれ。米子工業高校から三菱重工三原を経て、77年、読売ジャイアンツに入団した。1年目の78年に新人王を獲得。日本ハムファイターズやヤクルトスワローズでも投手として活躍し、92年の引退後は、ヤクルトの投手コーチとして、球団を日本一にすることに貢献。また、古巣・巨人の投手コーチも務めた。現在は、野球解説や評論の傍ら、テレビのバラエティ番組や、講演、野球教室など、活動の幅を広げている。8年ほど前より、恵比寿で昭和歌謡曲バー「m-129」も経営。(取材時現在)

 

誰だってがんになりたくはない。でもなってしまったらそれを受け止めて、積極的に対策を講じていくべきだと思う。

2014年、角さんはテレビ番組に出演し、自分が前立腺がんであることを告白した。食生活の欧米化や進む高齢化などにより、前立腺がんになる男性は年々増加傾向にある。「自分自身の体験を公表することで、同じ病気で悩む人のお役に立てればと思いました」。

進行の遅い前立腺がんで、患者さんが高齢の場合は、治療を急がないケースもあるが、このとき角さんは58歳。納得できる治療を1日でも早く開始したかった。

 

治療の目的は治すことだから人間関係で選んではダメ

プロ野球選手として生き抜いてきた強い精神力でがんと向き合った角さん。「家族も取り乱すことなく、いつもと変わらずに接してくれたことに感謝しています」と3年前を振り返る。

長年、球界で投手として活躍してきた角さん。元アスリートだけあって、健康管理には自信があり、現役を引退してからも、簡単なトレーニングやウォーキングなど、メタボ対策にも注意を払ってきた。

「親類でがんを患った人はいないので、まさか自分ががんになるとは思ってもいませんでした」

医師から病名を告げられたときには、当然ショックを受けたが、クヨクヨするより、治療法を決めることが先決だと思った。治療の選択肢は2つ。手術か、重粒子線による放射線療法か――。

「手術には入院が伴うため、仕事に支障をきたす。そこで、重粒子線による治療を選ぶことにしました」

ただし、この治療には約1年かかるとのことだった。重粒子線そのものの治療は1カ月ほどだが、前後半年間のホルモン療法が不可欠で、その間、1カ月に1度の注射と、薬を毎日服用しなければならなかった。「1年は長過ぎる」と思ったが、その時点では、それが最良と判断して選んだ。

だが、ホルモン療法を始めて3カ月ほどたったある日、知人から「トモセラピー※」の情報を得た。トモセラピーは先進的な放射線療法で、腫瘍に対して360度全方位からピンポイントで放射線を照射するため、正常組織へのダメージが少なく体にやさしい治療だという。角さんはすぐに病院に行き、専門医の説明を受けた。

「1カ月に15回の照射ですべての治療が終了し、しかも後遺症も少ないとのことでしたから、受けようと、その場で即決しました」

そのとき進行中の治療を中断することへの迷いはなかったという。

「よく、『途中でやめたら主治医に悪い』と人間関係を気にする人がいます。その気持ちも分かりますが、治療の目的は病気を治すことですから、よりよい方法が見つかれば切り替えていくべき。先生に気兼ねをするなんて、本来の治療の目的を見失っているし、それに先生も理解してくれるはずです」

左:小・中学生対象の野球教室については、「技術向上や体力作りはもちろん、チームワークの大切さを学べる場にしたい」と考えている。
上:ニッポン放送の野球解説やサンケイスポーツの野球評論なども担当。

 

病気に弱気は禁物。前向きに最善を尽くす

目標に向かって邁進(まいしん)するという生き方を「長い野球人生で得た」と角さんは分析する。現役時代、角さんは常に「勝つこと」を目標にマウンドに立っていた。だから、キャッチャーのサインに納得できなければ首を横に振る。たとえキャッチャーが先輩であっても、中途半端に妥協すれば、打たれ、マスコミにはたたかれて、下手をすれば首が飛ぶかもしれないからだ。

「病気に対しても考え方は同じ。病気には『共存』という考え方も大切なので、『勝つ』という言葉は使いませんが、前向きに最善を尽くす。そして、もしうまくいかなかったら、すぐに次の手を打つことです」

幸い、角さんの治療はうまくいき、その後の経過も良好だ。

「弱気になると負けるという点でも、野球と病気は同じではないでしょうか。落ち込んだときには、『自分は、絶対に大丈夫』と自己暗示をかけるくらいの強い気持ちをもってほしいです」

人間の体は心の持ち方で変えられる――。そんな角さんの言葉に勇気をもらう人は少なくないのではないだろうか。

 

1976年、長島茂雄監督からドラフト第3位の指名を受け、翌年、読売ジャイアンツに入団した。変則的なフォームでバッターを翻弄し、また肩が強くて連投が利くことから抑えのエースとして活躍。巨人の長島監督とヤクルトの野村克也監督、両監督の元でコーチを経験した唯一の存在でもある。

※トモセラピー(トモセラピー®ハイアート®システム/TomoTherapy® Hi•Art® treatment system)は、Accuray Incorporatedの登録商標です。

角 盈男さんの今

講演活動にも忙しい。一般企業向けには、「野球における組織論」「上司と部下の関係」、一般の人や学生向けには「野球人としての人生哲学」「野球界ウラ話」、その他「子育て論」など、角さんの講演テーマは多彩だ。「僕の場合、がん保険に入っていたため、医療費を心配することなく高額な治療も受けることができました。ですから保険会社さんからの講演依頼も多いです。受けてよかった検診、入ってよかった保険ということでね」と、どこまでも明るい角さんだ。

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