知っておきたい「がん治療」の知識

患者さんのQOL向上を目標に改正された「がん対策基本法」

監修:堀田知光(ほった・ともみつ)
国立がん研究センター名誉総長/国立病院機構名古屋医療センター名誉院長

2017年12月13日

かつてのがん対策は、患者さんの命を救うことを大前提としていたが、医療の進歩によって、がん対策の領域は患者さんの仕事や暮らしへと広がってきた。
その顕著な表れとしての「改正がん対策基本法」に盛り込まれたがん対策の現状と展望、また患者さんが、がんと共存するうえで重視すべきことなどを国立がん研究センター名誉総長の堀田知光医師に聞いた。

 

「就労問題」や「希少がん研究」など患者さんに寄り添う形で進む改正

30年ほど前から本格的に始まった日本のがん対策。国はがんを国民の生命や健康に関わる重要な問題とし、1984年から10年ごとに目標を掲げて対応策を練ってきた。そして2006年、がん対策の理念と理想を形にした「がん対策基本法」が成立した。

さらに2016年末には、この「がん対策基本法」の改正法が成立。雇用継続や希少がんの研究促進、がん教育の推進など、がん患者さんが安心して暮らせる社会構築のための項目が見直され、より患者さんのQOL(生活の質)の向上を配慮した内容になった。

こうした現状を受け、堀田医師も、自身ががん対策に取り組み始めた当初と比較すると、状況は大きく変わってきたと語る。

「以前は、『がん=死』というイメージが強かったので、手術の後遺症など、生活の上で不都合が生じても、『命が助かったのだから、それだけで十分』と患者さんもご家族も思ったものです。しかし、今は違います。診断や治療技術が進み、がんと共存して長生きするという発想ができるようになりました。今回の改正点のポイントの1つである『就労』の問題は、それを反映しています」

 

改正がん対策基本法のポイント
出典:「改正がん対策基本法の概要」(厚生労働省)より抜粋

<基本理念の追加>

  • がん患者さんが尊厳を保持しつつ、安心して暮らすことのできる社会の構築を目指し、患者さんが置かれている状況に応じて、福祉的支援や教育的支援など、必要な支援を受けることができるようにする。
  • がん患者さんに対する国民の理解が深められ、患者さんが円滑な社会生活を営むことのできる社会環境の整備が図られること。
  • がん対策が、国、地方公共団体、医療保険者、医師、事業主、学校、がん対策に関わる活動を行う民間の団体、その他の関係者の相互の密接な連携の下に実施されること。
  • がん患者さんの個人情報の保護について適正な配慮がなされるようにすること。

<医療保険者・国民の責務の改正>

  • 医療保険者は、がん検診の結果に基づく必要な対応に関する普及・啓発等の政策に協力するように努める。
  • 国民は、がんの原因となるおそれのある感染症について正しい理解をもち、がん患者さんに対する理解も深めるよう努める。

<事業主の責務の新設>

  • 事業主は、がん患者さんの雇用の継続などに配慮し、がん対策に協力するよう努める。

<基本的政策の拡充>

  • がんの予防の推進のために、がんの原因となるおそれのある感染症に関する啓発及び知識の普及。また、性別や年齢などに関係する特定のがん及びその予防等についての啓発及び知識の普及。
  • がん検診によりがんの疑いがあると判定された人(または罹患していると判定された人)などが、必要な診療を受けることを促進するために環境を整備する。
  • がん患者さんの状況に応じて、緩和ケアが診断時から適切に提供されるようにする。
  • がん患者さんの状況に応じた良質なリハビリテーションの提供が確保されるようにする。
  • 罹患している人の少ないがん及び、治癒が特に困難であるがんに関わる研究の促進について、必要な配慮がなされるようにする。
  • 有効な治療方法の開発に関わる臨床研究等が円滑に行われる環境整備のために、必要な施策を講ずる。
  • 国及び地方公共団体は、がん患者さん(そのご家族を含む)の雇用の継続、または円滑な就職のために、事業主に対して就労に関する啓発及び知識の普及など、必要な施策を講ずる。
  • 国及び地方公共団体は、小児がんやその他のがん患者さんが、必要な教育と適切な治療のいずれをも継続的かつ円滑に受けることができるように、環境の整備やその他の施策を講ずる。
  • 国及び地方公共団体は、国民が、がんやがん患者さんに関する理解を深めることができるように、学校や社会におけるがん教育を推進する。

 

生きるか死ぬかという問題を乗り越えつつある今、患者さんが「社会の中でどう生きるか」「どのように生計を立てるか」に焦点が当たるようになったことは「進歩」と、堀田医師はいう。

「がん患者さんであっても生活者。子育て中の方も多いし、大黒柱として働かなければならないのです」

患者さん自身の意識も変わった。がんと診断されてパニックになり、すぐに会社を辞めてしまうような例は減り、雇用者側も患者さんを「戦力外」として排除するようなことは少なくなってきている。

しかし、健常者でも就職が難しく、急な解雇も珍しいことではなくなった時代、患者さんの就労への悩みや不安は尽きない。法律の中で就労について強調することが問題啓発につながっていけばと堀田医師はいう。

例えば、がん診療連携拠点病院には患者さんの相談に対応するための相談支援センターが設置されているが、存在すら知らない患者さんが少なくない。法律改正がクローズアップされることで、そうした人たちがその存在を知り、施設を活用するようになれば、悩みが軽減される可能性もある。

「また医療者側も、より患者さんの職場環境に配慮した治療スケジュールを組むようになるのではないかと期待しています」

さらに、「進歩」という点では、罹患者の少ない希少がんにも焦点が当てられるようになったことが挙げられる。これまでは、胃がん、肺がん、大腸がん、乳がん、子宮がんといった罹患率や死亡率の高い5大がんの研究開発の促進が、国民の命や健康を守ることとして、常に重視されてきた。結果、5大がんについては、診療や研究の体制が整い、薬の開発も積極的に行われることで治療成績も高まってきた。その顕著な例に、ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)感染が関与する胃がんや、肝炎ウィルスによる肝臓がんなどがある。

しかし、その裏側には希少がんの研究開発の遅れという問題があった。だが、近年では薬の開発が細胞レベル、遺伝子レベルで行われるようになり、その問題も解消されつつある。

「肺がんとか胃がんというような部位によるくくりではなく、がん特有の目印をターゲットとしたり、遺伝子異常という視点でがんをとらえたうえでの薬の開発が進んでいます。

例えば、肺がんに効く薬でも肺がんにしか効かないとは限らない。別のがんでも同じような遺伝子異常に起因していれば、そのがんにも効く可能性がある。こうした視点で薬の開発が進められていることをゲノム創薬と呼びます。これにより、5大がんと希少がんの垣根は取り払われていくことでしょう」

 

働き盛り世代の検診率アップや簡単ながん診断の開発が今後の課題

日本のがん対策は、確実に進んではいるものの、まだ課題はある。

「簡単で精度の高いがんの診断法の開発が急がれます。例えば、血液や尿などで診断がつけば、検査を受ける側の身体的負担が減りますし、検査費用も軽減されます」

がん検診全体の受診率は伸びているものの、一番受けるべき働き盛りの人たちの検診率が低いという現状を踏まえての課題でもある。

「がんになる前の予防はとても大切で、特に受動喫煙を含む喫煙対策は最も重要ですが、予防だけでは限界があります。なぜなら、人間は細胞分裂を繰り返す生き物ですから、ときにはコピーミスを起こしますし、その確率は高齢になるほど高まります。また、放射線や紫外線などの刺激によって、それが誘発、促進されることもあります。したがって、がん治療には早期発見、早期治療が大前提。そのためにも検診が不可欠なのです」

検診後の再検査が徹底されていないことにも対策が必要だ。

「検診によって要再検査とされても、再検査をしていない人が少なくありません。せっかく検診を受けても、これでは受けなかったことと同じになってしまいます」

 

がん診療連携拠点病院のがん相談支援センターでは、就労はもちろん、診断から治療、療養生活全般にわたってがんに関する様々な相談に応じてくれる。国立がん研究センターがん情報サービスサポートセンターは、全国のがん相談支援センターを案内する電話窓口0570-02-3410(ナビダイヤルで相談は無料)。
国立がん研究センターがん情報サービス「がん相談支援センターを探す」
https://hospdb.ganjoho.jp/kyotendb.nsf/fTopSoudan?OpenForm

 

特に働き盛り世代には、検診によるがん対策にもっと積極的になってほしいというのが堀田医師の願いだ。

「がんの治療成績が全体的に向上してきたとはいえ、家族や医師との人間関係、経済面での問題など、個人的な悩みを抱える患者さんは多いと思います。解決に向けて行うことは、まず自ら動くこと。前述した相談支援センターなどに足を運び、必要な情報を得るようにしてください。上図に示したように、例えば就労問題にはハローワークと連携しながら支援。それ以外の相談にも応じてくれます。

また、ネット検索によって情報を得る人も多いでしょうが、その際の取捨選択も間違えないように。国立がん研究センターがん情報サービスなどにアクセスして、正しい情報を入手してください」

がんと共存する人がこれからも増える見込みである以上、国のがん対策は今後も進んでいくだろう。けれども待っているだけでは支援のチャンスを失うことになりかねない。患者さん自身が関心をもって努力することも大切なのだ。

堀田 知光
国立がん研究センター名誉総長/国立病院機構名古屋医療センター名誉院長
ほった・ともみつ●1969年、名古屋大学医学部を卒業後、東海大学医学部長を経て、2006年、国立病院機構名古屋医療センター院長に就任。12年には国立がん研究センター理事長に。現在は両センターの名誉総長、名誉院長を務める。専門分野は血液内科。日本血液学会名誉会員、厚生労働省「がん対策推進協議会」委員など歴任。
(取材時現在)

同じシリーズの他の記事一覧はこちら