数字から見る「がん治療」の今

がん治療の効果をはかる指標「奏効率」とは?

2013年5月13日

治療の有効性を説明する際、よく使われるようになった医療用語に「エビデンス」がある。
「科学的根拠」という意味だが、一般の認知率は約24%(理解率は9%)と、ほとんど理解されていない(国立国語研究所HPより)。
患者にとって「わからない言葉」は治療に対する不安にもつながってしまう。
そのため、がん治療の現場で耳にする言葉の意味を正しく理解することが必要だ。
今回は、自身の治療法を選択する際の指標となる「奏効率」などの意味や見方を知ることでがん治療の「今」を見ていきたい。

 

がん治療における指標の一つ「奏効率」の誤解

奏効率30%は、「その治療で30%の人のがんが治る」という意味ではない。

がん治療の進歩により、患者はさまざまな治療が受けられるようになった。しかしこれは、患者側が治療の効果や費用などを正しく理解しながら、治療方法を判断しなければならない時代が来た、ということを意味している。

たとえば、がん治療の効果を示す指標に「生存率」と「奏効率」がある。ともに、これから行う治療に、どれだけの期待を持てるのかを判断する際に、説明を受けるものだろう。しかし、この二つは全く違う尺度で、治療の効果をみようとするものである。患者はそのことを知らなければ、ただ数字に振り回されてしまうことになりかねない。

「生存率」とは、がんと診断されてから一定期間後に生存している人の割合を示すもの。5年、または10年単位で見ることが多いが、たとえば、5年生存率が90%の場合、5年後、10人に9人が生存しているということになる。しかし、このなかには再発して治療を受け続けている患者も含まれているため、再発することなく生存している患者の割合を示す「無再発生存率」と併せて見ていく必要がある。

それに対し「奏効率」は、放射線や抗がん剤治療などの効果を判断する際に使われ、治療後にがんがどれくらい縮小したかを示すもの。

たとえば医師から、ある抗がん剤の奏効率を「30%」と説明された場合、図①のような「完全奏効」もしくは、「部分奏効」の状態の患者が全体の30%いたという意味になる。これは、患者が誤解しやすい部分だが、「奏効率」とは、図①が示すように「がんのサイズが縮小する」ことを示す指標であり、「がんが治る」割合ではないということである。

 

 図① 抗がん剤治療による奏効率の定義

抗がん剤治療による奏効率の定義

 

[キーワード] 無再発生存率
治療後の再発を含む「生存率」に対し、「無再発生存率」は、文字どおり再発することなく生存している患者の割合を示すもの。再発・転移に不安を抱える患者側がもっとも必要としている情報と言える。術後5年、10 年の生存率が高くとも、無再発生存率を見ると再発する場合があり、生存率と無再発生存率を併せて見ていくことは、治療法の大きな判断材料になる。

がんの性質は患者個々で違う。単純に「奏効率」だけで治療法を比べることはできない

また、あるがんに対し、薬剤Aは40%、薬剤Bは30%という奏効率だとすれば、薬剤Aの方が万人にとって効果が期待できる良い薬だ、と考えてしまいがちだが、果たしてそうなのだろうか。

以前は、がんは「全ての人に対して同質」と考えられてきた。しかし近年では、がんは正常な遺伝子が傷つき、変異した細胞が増殖してできるもので、人間の個性のように、がんも患者個々の遺伝子の違いや体質などによって、固有の性質を持つことがわかってきた。これにより、患者さんによって効果が出る薬は違う場合があるのだ。

患者さんによっては、奏効率40%の薬剤Aより、30%の薬剤Bのほうが効果があるケースもあり、単純に「奏効率」が高いことだけで薬剤の優劣を比較することはできない。

 

図② 抗がん剤治療における奏効率の考え方

抗がん剤治療における奏効率の考え方

個別化医療が広がれば、“自分にとって”最も有効な治療が見つかる可能性も

わかりやすい例で言うと、抗がん剤の「ゲフィチニブ(イレッサ®)」は、近年の遺伝子研究によって「EGFR遺伝子」の異変が原因となっている肺がんに効果があることがわかった(図③)。EGFR遺伝子の変異が肺がんの原因となっているのは日本人では約4割。肺がんの原因となっている遺伝子異常が何であるかを突き止めることができれば、それに最適な薬を選ぶことが可能となり、高い確率で効果が期待できるのだ。

 

 図③ 遺伝子異常と有効治療薬

遺伝子異常と有効治療薬

 

こうした現状から、従来の単純な奏効率ではない新しい考え方、評価方法が必要となっている。

現在、肺がんや一部の大腸がんに対して、遺伝子検査による抗がん剤の効果を予測することができるようになり、患者個別のがんにあった治療法という考え方が進んできた。今後さらに多くのがん種や症例において、個別化医療の実施が可能になれば、がん治療の評価はこれまでの「全体で何%の人に効果があるか」から、「その人にとってどれだけ効果があるか」
に大きくシフトするだろう。自分にとって最も有効な治療が見つかる可能性が高まるといえる。また、患者の生活の質(QOL)を加味した治療の評価も重視されつつある。単純に「どれだけ長生きしたか」ではなく、「どれだけ“元気で”長生きしたか」が大切であるという考え方だ。

治療における評価を広い視野でさまざまな角度から正しく見極め、自らの治療法を選ぶ際の判断材料の一つにすることができれば、治療の可能性は大きく広がるはずだ。

[キーワード] がんの個別化医療
がん患者一人ひとりの特性に応じた、最適な投薬や治療を実現する医療のこと。患者のがん細胞の状態や、遺伝子の変異を事前に調べて、それに適した薬剤を選択したり、治療計画を立てて実行する。従来は、一つの疾患を持つ場合、すべての患者に対して均一の治療を行っていた。しかし、特定の分子や遺伝子変異を事前に調べ、効果が予測できるようになってきたため、今後はがん治療の個別化が治療の中心になると考えられている。

[がん治療を知る] QOL(生活の質)を評価する潮流
QOL(生活の質)を評価する潮流医療を経済評価するうえで、近年QALY(Quality Adjusted Life Years=質調整生存年)という指標が世界的に使われるようになってきている。これは、医薬品や治療技術の効果を患者の生存年数だけではなく、QOLを加味して評価しようとするものだ。国ごとに他の効果指標を併用したり、運用を工夫しているが、世界的にこうした基本的な考え方が広がりつつある。日本でも2012 年5 月に厚生労働省において、経済評価手法導入をめぐる討議がはじまり、その中でQALY も取り上げられている。「どれだけ、元気で長生きできるか」をふまえた治療効果の考え方は、医療を経済評価するなかでも、検討されている。

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※タイケルブ®はグラクソ・スミスクライン・グループの登録商標です。
※ハーセプチン®はジェネンテク社の登録商標です。

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