治療中の暮らしサポート・ケア

男女で違う「がん」との向き合い方とがん患者コミュニティ運営で大切なこと

2015年12月14日

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がんに罹患することは、身体的にはもちろん、精神的にも非常に負担がかかります。
「家族のこと」「仕事のこと」「お金のこと」――日常への課題が連鎖的に浮上しますが、それでもなんとか向き合っていかなくてはなりません。

そうしたがん患者同士が、お互い不安や悩みを打ち明け、語り合い、情報交換する場として利用されているのが、全国各地に点在する「がん患者会」などの患者コミュニティです。
規模の大小はさまざまですが、大規模なイベントやフォーラムを開催するケースもあり、患者さん自身やご家族が参加しています。ただし、こうしたコミュニティへの参加は女性が多く、一方で男性の参加率は低いとか……。

そもそも、がんとの向き合い方に男女それぞれで傾向はあるのでしょうか。また、どういったコミュニティであれば、誰もが足を運べるのでしょうか。ここでは、がん患者や家族、医療者が立場を越えて不安や悩みを共有し、お互い寄り添いながら対話するコミュニティ「がん哲学外来」を運営される樋野興夫(ひの・おきお)先生にお話を伺いました。

女性の方が前向き、かつ積極的に活動

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――樋野先生は2008年に順天堂医院内に「がん哲学外来」を開設以来、翌年にはNPOを設立、2013年には一般社団法人化するなど積極的にがん患者とその家族をサポートしてきました。
いまでは全国80拠点で、がん患者のコミュニティ「がん哲学外来メディカル・カフェ」を開催するほど活動の輪は広がっています。多くの患者さんと接してきた先生から見て、がんとの向き合い方に男女で違いは見られますか?

樋野:私は、これまでおよそ3000人のがん患者、およびご家族と対話を深めてきました。10代~90代と年齢は幅広く、男女比は3:7で女性が多いですね。

参加率に違いがあるのは、女性はコミュニティに対する心理的なハードルが低く、良好な人間関係や仲間を見つけることが上手だからだと思います。がん哲学外来への参加を通じて、ボランティアスタッフとして運営に協力していただくケースも珍しくありません。対して男性は仕事があるので時間が取れない、あるいは競争社会に身を置いていたり社会的使命や役割に縛られるゆえ、病を打ち明けたがらない傾向があります。

しかしながら、悩みを抱えていることに変わりはありません。がん哲学外来では1時間ほどかけて患者さんやご家族から話を聞きますが、病気に関する悩みは全体の3分の1程度で、それ以外のほとんどは職場や家庭での人間関係について。
夫であれば「妻に気遣われながら過ごす沈黙の時間が辛い」「病気をきっかけに閑職に追いやられた」、妻であれば「がんになった途端、夫が優しくなった。『いまさら』という気持ちになる」といったことです。

近年は、社員ががんになった場合のサポートを積極的に行う企業も増えてきており、職場より家庭での問題を口にするケースが圧倒的に多いですね。こうした悩みを抱えたご夫婦が自宅で問題について話し合うことはほとんどないので、次回はがん哲学外来にご夫婦でお越しいただき、私も交えて相手の前で想いを打ち明けられる場を用意するようにしています。そうするとうまく関係改善につながります。

また、そこで大事なのは、カウンセリングの世界でよく言われる「傾聴」ではなく、「対話」だと考えています。患者さんのなかには悩みを言えるような状態ではなく、とにかく来たという方もいますから、「一方的に話せ」ではなく、互いに言葉を交わしながらリラックスしていただき、居心地の良い場にするように努めています。

がん患者コミュニティを運営する上で大切なこと

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――がん哲学外来はコミュニティの輪が広がり、お茶を飲みながら参加者が交流する「メディカル・カフェ」が全国で開催されていますね。症状や悩みが異なる患者さんがたくさん集まるなか、コミュニティをスムーズに運営するにはどうすればいいでしょうか。

樋野:受け入れる側は、「空っぽの器」であることです。コミュニティは「情報提供の場」「居心地の良い場所」でなくてはいけません。主催者の思いが強すぎると考えの押し付けになったりして、居心地が悪く感じる人も出てきます。空の器で受け入れ、お互いに水を入れていくという姿勢が求められます。

参加者同士の間で先輩・後輩といった上下関係が生まれてはいけませんし、それはともすると、コミュニティ内や他のコミュニティとの競争意識を生む可能性もあります。それでは本来の目的から外れますから、みながフラットな状態であることが大事です。
また、多くの人が集まり話をする場では、まとめ役としてファシリテーターが必要ですから、受け入れ側にはそういったスキルを身に付けた人がいるといいでしょう。

がん哲学外来では、カフェ運営のスキルを持った人を「がん哲学外来コーディネーター」として資格認定し、それぞれのカフェでもサポートをお願いしています。大事なのは、困っている人を最優先し、「偉大なるお節介」を心がけることです。悩みを解決はできなくても、「解消」する場にしていただきたいと考えています。

医師や看護師といった、医療従事者にも関わってほしいですね。コミュニティを2階建ての建物に例えると、1階は気軽に集まり、それこそカフェ形式で参加できる場所であり、ただし2階まで足を運べば専門的なアドバイスを得られる。いきなり1階に医者がいると身構える人もいるかもしれませんが、後に控えていることで専門的な相談もできるという安心感につながるでしょう。

今後はますます高齢化が進み、がん患者、がんと共存しながら暮らす方が増えていく可能性が高いと思います。いまでもコミュニティの数は足りていませんから、もっと全国各地で展開していくことを望んでいます。今後は、直接足を運べない方でもインターネットで相談を受けられる「ネットカフェ」のスタイルも求められるかもしれません。それこそ、仕事を持ち多くの人が集まるところが苦手という男性に向いているでしょう。がん患者さんの体調は日々変わりますから、より負担のない形でコミュニティに参加できるというのは利点があります。

いずれにしろ、より良い環境が広がることを切に願います。

樋野興夫(ひの・おきお)

医学博士。米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター、米国フォクスチェースがんセンター、癌研実験病理部長を経て、順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授に就任。一般社団法人がん哲学外来理事長も務める。著書に『がんと暮らす人のためにがん哲学の知恵』(主婦の友社)、『がん哲学外来コーディネーター』(みみずく舎/ 医学評論社)、『いい覚悟で生きる』(小学館)、『明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい』(幻冬舎)、『こころにみことばの処方箋』(いのちのことば社)など。(取材時現在)

「がん哲学外来」の情報についてはこちらをチェック
http://www.gantetsugaku.org

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