部位別がん治療

手術が難しい膵臓がんに、新たな治療選択肢「ナノナイフ治療」。高圧の電流でがん細胞を破壊

森安 史典(もりやす・ふみのり
山王病院がん局所療法センター センター長
国際医療福祉大学病院教授

膵臓がんは初期段階では症状が出にくいことから早期発見が難しく、転移や再発が起こりやすい病気です。5年生存率は10%を切るという、とても治療の難しいがんとして知られています。そんな膵臓がんに対して、注目を集めている治療法が「ナノナイフ」という手術です。2015年に国内で初めてナノナイフ治療を行い、これまでに約70件の手術を行ってきた、山王病院がん局所療法センター、センター長で、国際医療福祉大学病院教授の森安史典医師に、膵臓がんの最新治療についてお話を伺いました。

 

目次

 

早期発見が難しい膵臓がんの症状とは?糖尿病や喫煙が発症のリスクに

膵臓がんは、2014年の部位別死亡数で4位、死亡数は3万1716人。新たに診断される人数は、2012年では男性で年10万人あたり約29.1人、女性では同25.5人と、やや男性が多いのが特徴です。60歳以降に増え、高齢になるほど罹患率は高まります。

「膵臓がんが問題なのは早期発見が難しいことです。膵臓が胃の後ろの体の深部にあることから、検査などで発見しにくく、がんが発症しても自覚症状が出にくいことも一因です。また、重要な臓器や血管が近くにあるので、早い段階から肺や肝臓などへ転移しやすく、膵臓がんと診断された時点で手術できる人の割合は20%ほど。非常に治療が難しいがんなのです」(森安医師、以下同)

 

森安史典
初期症状はほとんどないという膵臓がんですが、進行するとがんの発生する場所に応じて症状が現れます。

膵臓がんが発生しやすいのが、膵臓の右側に位置する「膵頭部」です。膵頭部に発生した場合、腹痛などが起こり、胆管にがんが浸潤すると黄疸(おうだん)の症状が現れます。胃や十二指腸、小腸へ広がると腹痛、吐き気、腸の狭窄(きょうさく)・閉塞による食べ物の通過障害も。膵臓の中央部にある「膵体部」や左側にある「膵尾部」のがんは胃や背中や腰への鈍い痛みがでる場合もありますが、症状に気づかない方がほとんどです。肥満や過食でないのに糖尿病になったり、治療中の糖尿病が急に悪化した場合も膵臓がんの可能性が疑われますが、膵臓がん特有の症状とはいえないため、早期発見が難しいのです。

膵臓がん
膵臓は人体の右側から「膵頭部」「膵体部」「膵尾部」に分けられる。肝臓や胆のうといった重要な臓器、血管の近くに位置している。

 

膵臓がんの原因はさまざまですが、慢性膵炎や糖尿病の患者さんはかかりやすいとされます。とりわけ、糖尿病の患者さんが膵臓がんにかかる可能性は、糖尿病でない人の2倍といわれるほど。肥満や喫煙、大量の飲酒も注意したい要因です。また、血縁のある家族内に膵臓がんになった人が2人以上いる場合には発症するリスクは高まります。

 

膵臓がんの治療は手術が基本。放射線療法や抗がん剤の併用も

治療が難しいとされる膵臓がんですが、近年は検査技術が格段に進歩し、数ミリのがんが見つかるケースも徐々に増えてきました。腫瘍が1㎝以下で見つかれば5年生存率は80%になり、治癒の可能性が出てきたのです。

 

膵臓がん検査
はじめに血液検査と腹部超音波検査を行い、膵がんが疑われた場合はCTやMRI による画像検査、内視鏡によるEUS を行う。その結果、診断が難しいときは胆管を直接検査するERCPや高度な画像診断が可能なPET検査へ。そこでも確定が難しければ病理検査を行い、総合的に判断する。

 

具体的な検査の流れは、上の図の通りです。膵臓がんの検査は、画像検査と血液検査を総合して進めます。より詳しく診断する場合は、内視鏡検査、さらには細胞診や組織診も行います。

膵臓がんの治療は、原則は手術となります。手術で可能な限りがんを取り除き、根治を目指すのが基本的な方針とされています。ただし、患者さんの全身状態、がんの周辺臓器への広がり、転移の状況などによっては、放射線療法や抗がん剤治療(化学療法)などが併用されます。

膵臓がんの治療方針は、「切除可能」「ボーダーライン」「切除不能」の3つの分類によって判断します。

①切除可能
画像検査で他の臓器への転移がなく、膵臓周辺の主な血管にもがんが広がっていない場合は切除可能とされ、手術(外科療法)を行います。他の臓器への転移はなくとも、膵臓がんが周囲の主要な血管を取り巻いている場合は切除不能と判断され、抗がん剤など手術以外の治療法を選択します。

②ボーダーライン
遠隔転移はないものの、周囲の血管にがんが近接し、切除が難しい状態を指します。この場合、手術だけではがんが残る可能性があり、抗がん剤治療や放射線療法を併用します。

③切除不能
膵臓の周辺でがんがとどまっているものの、局所進行が激しい場合、もしくは遠隔転移や周辺臓器への浸潤が見られた場合は切除不能と判断されます。治療としては手術を行わず、放射線療法と化学療法を組み合わせた「化学放射線療法」、もしくは抗がん剤のみの化学療法を行います。

 

膵臓がんの進行度を示す病期は、がんの広がりや、リンパ管や血管、他臓器への転移(遠隔転移)の有無によってステージ0期~Ⅳb期の6段階に分けられます。近年は病期に関わらず、手術後に抗がん剤治療を行う術後補助化学療法が主流ですが、膵臓がんは早期発見が難しく、半数以上はⅣ期で切除不能な例が目立ちます。

「そのため放射線療法や化学療法を選択するわけですが、これらの治療法は体への負担が重く、脱毛や倦怠感といった副作用が起きることもあります。病期が浅く手術ができたとしても、高齢者だと体力がもたず、選択肢から外さざるを得ないケースもあります」

 

膵臓がんの最新手術「ナノナイフ治療」

 

そんな膵臓がんの新たな治療選択肢として、最先端技術を駆使した治療法が始まっています。それが、森安先生が2015年に国内初で実施した「ナノナイフ治療」です。

「ナノナイフ治療は、2〜6本の細い電極針をがんを取り囲むように刺し、針と針の間に高電圧で電流を流すことで、がん細胞にナノサイズ(100万分の1㎜)の穴を開けてがんを死滅させる手術です。電極針は長さ15㎝、太さ1.1㎜。3000ボルトの高電圧で1万分の1秒というごく短時間のパルス電流を500~1000回流します。当初は肝がん、前立腺がんに主に使われていましたが、膵臓がんの治療にも有効なことがわかり、現在、欧米ではナノナイフ治療を受けている患者さんの半数が膵臓がんと言われています」

ナノナイフ治療は、2008年にFDA(アメリカ食品医薬品局)の認可を取り、ヨーロッパEUの医療器承認も取得し、がん患者さんへの治療に使われるように。日本では森安先生ががん局所療法センター長を務める山王病院など、まだ一部の病院で治療が始まったばかりです。

この治療が優れているのは、従来の外科手術が困難だった症例でも、治療可能な場合があること、さらに患者さんの体への負担が少ないということです。

「ナノナイフの電流はがん細胞だけを死滅させ、臓器の構造や血管、神経などは無傷で残せます。がんが血管を巻き込んでいるような場合、外科手術では『切除不能』でしたが、ナノナイフ治療であればこうした症例も治療が可能な場合があります。また、開腹せずに皮膚の上から超音波で患部を見て針を刺すため、出血や体への負担が少なくなります。」

 

使用する電極針。長さ15cmで太さは1.1mm。先端の銀色の部分が通電する電極で、長さは手元のノブで調節する。

 

山王病院の場合、膵臓がんのナノナイフ治療のための入院期間はおよそ10日間。入院翌日に手術を行いますが、入室して全身麻酔、ナノナイフ治療、麻酔から覚めるまでの時間は2~3時間。実際に治療を行う時間は1時間から1時間30分です。治療後の症状によりますが、術後の経過が良ければ治療後9日で退院できます。

膵臓がんでナノナイフ治療が行えるのは、以下のすべての条件に該当する場合です。

  • 膵臓の中とその周りにとどまっている膵がん(局所進行膵がん)であること(ステージⅣa)
  • 遠隔転移がないこと
  • 腹膜播種(がんが腹膜に浸潤している状態)がないこと
  • 心臓に病気がないこと
  • 胆管に金属ステント(胆汁の流れを確保する管)が入っていないこと

「ステージⅣbの膵臓がんに対してナノナイフ治療を行っても、転移したがんには効果が期待できません。しかし、これらの転移病巣が小さく、膵臓がんの治療をすることで元気で長く生きられることが予想される場合は、手術を行うこともあります」

現在、ナノナイフ治療は日本では公的医療保険は適用されていないため、山王病院では自費の治療として行われています。今後の臨床研究が進み保険が適用になれば、多くの人を救うことができる治療法になる可能性は高く、期待が寄せられます。

 

膵臓がんの再発予防で注目される「免疫細胞療法」

外科手術やナノナイフ治療は、局所にとどまったがんの治療法としては優れた治療法ですが、膵臓がんの場合、早い時期からミクロレベルの転移があり、うまく治療ができた場合でも再発や遠隔転移してしまうケースが少なからずあるといいます。そこで森安医師は、ナノナイフ治療に再発予防のための全身治療を併用しています。

「ナノナイフ治療は優れた局所治療で、局所制御率は90%以上。ところが、ほとんどの患者さんは再発、しかも遠隔から転移再発を起こしています。これは早い段階に小さながん細胞が血流などに乗って他の臓器に広がるからです。よって、ナノナイフで局所を治療した後に、全身的な治療を併用する必要があり、一般的には抗がん剤治療が選択されますが、これに加えて免疫細胞療法にも注目しています」

免疫細胞療法とは、もともと人間の体に備わっている“免疫”の仕組みを利用したがんの治療法です。免疫力が低下していると、がん細胞の力が強くなり、がんの進行や再発を誘発します。そこで、がん患者さんの免疫力を再び高め、がんを攻撃させるというのが免疫細胞療法の基本的な考え方です。患者さん自身の血液中から免疫細胞を取り出し、体外で増殖・活性化・強化したうえで再び体に戻すことにより、体内の免疫力を強化し、がん細胞を攻撃させます。患者さん自身の細胞を使うので大きな副作用はみられず、全身の免疫力を向上させて他の治療との相乗効果が期待できるといったメリットがあります。

免疫細胞療法

 

特に全身に散らばった微小ながん細胞を攻撃することに向いており、手術後の再発予防治療として免疫細胞療法を行った場合、行わなかった群と比べて再発率を大きく低減させたという比較試験の結果も出ています。

「免疫細胞療法は治療費がかかりますが、副作用や患者さんの体への負担がほとんどないメリットがあります。どういった治療を組み合わせていくかは、患者さんと相談しながら最適な方法をとっています。」

免疫細胞療法も現在はまだ国内では保険承認されておらず、先進医療、または自由診療として行われています。2014年に施行された「再生医療等安全性確保法」によって、自由診療で免疫細胞療法を行う医療機関には、全て厚生労働省への届け出と報告が必要になり、患者さんがより安心して治療を受けられる環境が整いつつあります。ただし、中には治療効果について正確な説明を行わなかったり、安全性などが不確かな治療を行っているところがあるようです。

当サイトでは、安全性・信頼性の高い免疫細胞療法が受けられる医療施設を掲載しています。

治療が難しいとされる膵臓がんですが、医療の進歩により治療の選択肢は広がりつつあります。


森安 史典
山王病院がん局所療法センター、センター長、国際医療福祉大学病院教授
もりやす・ふみのり●1950年広島県生まれ。75年に京都大学医学部卒業後、倉敷中央病院、天理よろづ相談所病院、京都大学医学部附属病院で勤務。米国エール大学への留学を経て、96年に京大助教授、2000年に東京医科大学病院消化器内科主任教授。16年より山王病院がん局所療法センター、センター長、国際医療福祉大学病院教授(現職)、東京医科大学名誉教授。最先端技術を導入した肝臓・膵臓疾患の診断、治療に定評がある。(取材時現在)
山王病院 がん局所療法センター