ドクターコラム:がん治療の現場から

第2回「医師を志したきっかけと、医学部生時代の思い出」

column_moriyasu2病院というのは基本的に、「不調を感じたとき」「病気になったとき」に訪れるところです。ですので、お仕事で医療職に関わっている方以外は、私たち医師に日常的に接するという方は少ないのではないでしょうか?

前回は、「大学病院の医師」の仕事についてお話をさせていただきました。より私たちの仕事について知って頂ければと思いますので、今回は私が医師を志したきっかけと、学生時代についてお話しましょう。

医師を志したのは、高校生の時でした。
教師の中に1人、陸軍出身の先生がいらっしゃいました。その先生が言われた「いつ死んでもいいような、悔いのない生き方をしなさい」その言葉が強く印象に残りました。
軍隊というのは、いつ死ぬかわからない場所。戦時中、そんな日々生死をわけるようなところで生きてきた先生の言葉は、私に大きく響きました。

自分が「悔いのない生き方」をできるような職業はなんだろう? そう考えた時、思い浮かんだのが「命を救う職業」でした。
医師になり、命を救うために日々一生懸命に生きる。それが私の「悔いのない生き方」ではないか。理系だったこともあり、そこから自然と医学部への道を進むことになりました。

また、医師は、自分の裁量で仕事ができる部分が大きい。それも私が、医師という仕事に魅力を感じた理由の一つです。

大学時代を振り返り思う「自由」の意味

私が進学したのは、京都大学の医学部でした。
今学生時代を振り返り、一生懸命勉強をした学生だったかといえば……そうでもなかったかもしれません(笑)。

京都大学というのは「自由」な校風で知られています。しかし、「自由」というのはいい面だけでなく、大変な面もあるわけです。
例えば学校によっては、「一度入学させたからには国家試験に合格させないと」という義務感が学校側に強くあります。しかし当時の京大は「国家資格が欲しければ自分で勉強しなさい」という状況。国家試験のための特別な講義などはなく、学生が自力で勉強しなくてはいけません。また、研究に関しても細かい指導はなく「自分の興味を持ったことをやりなさい」というスタイルでした。

そこでも「自由」なのです。例えば、興味を持ったなら自分のメインの研究テーマと関係ないことをやってもいい。しかし、大学側は「邪魔はしないけど、バックアップもしません」というスタンス。なので、何もしなければ何もしないままで、学生生活は過ぎていきます。

でも、逆に「あれが関係あるんじゃないか、研究してみよう」「あれもやってみよう」と、行動力のある人はどんどん実力を伸ばしていける場でもありました。
医療は「科学」です。科学であるからして、自由な発想と挑戦する精神がなければ、新たな発見は生まれないわけです。

与えられたものではなく、自ら発想を行い、動いていく。なかなかできることではないですが、偉大な発見はそういう行動が生むのでしょう。ノーベル賞のニュースを見ながら、学生時代を少し思い返しつつ考えるのです。

moriyasu森安史典(もりやす・ふみのり)1950年、広島県生まれ。75年、京都大学医学部卒業後、倉敷中央病院、天理よろづ相談所病院、京都大学医学部附属病院で勤務。米国エール大学への留学を経て、96年、京大助教授となり、2000年より東京医科大学病院消化器内科主任教授(現職)。最先端技術を導入した肝臓疾患の診断、治療に定評がある。09年より瀬田クリニック東京非常勤医師として、がん免疫細胞治療の診療にも取り組む。趣味はゴルフ。(取材時現在)

東京医科大学病院消化器内科ホームページ
http://hospinfo.tokyo-med.ac.jp/shinryo/syoukakinaika/index.html
瀬田クリニック東京ホームページ
http://www.j-immunother.com/group/tokyo