がんと免疫

がん治療へ利用する研究が進む「ガンマ・デルタT細胞」とは

2013年12月25日

免疫システムの中心的な役割を果たしている「免疫細胞」には、いくつかの種類があり、がん治療への応用が進んでいます。今回は、そうした免疫細胞のなかで、とくに「γδ(ガンマ・デルタ)T細胞」に注目して解説します。

 

明らかにされつつある免疫細胞の働き。がん治療へ活用する研究・臨床応用も進む。

わたしたちの身体は「免疫」という生体防御システムによって守られています。この免疫というシステムを主導するのが、「免疫細胞」と総称される細胞集団です。

体外から侵入した病原体(細菌やウイルスなど)、それらに感染した細胞、体内で正常な細胞が突然変異を起こして発生したがん細胞など、身体にとって危険な「病原(病気のもと)」は、さまざまな役割を担った各種の免疫細胞の連携プレーによって発見され、攻撃・排除されています。

こうした免疫細胞の種類や役割などについては次第に解明されつつありますが、分かっていない部分もじつはまだたくさん残されています。現在までに明らかになっている免疫細胞のうち、がん細胞との戦いを担当するおもな免疫細胞は、司令塔の「樹状細胞」と、攻撃部隊である各種の「T細胞」や「NK(ナチュラル・キラー)細胞」、NK細胞とT細胞の性質を併せもった「NKT細胞」です。

がん細胞には、通常の細胞にはみられない、特有の目印(“がん抗原”とい言います)が発現しています。樹状細胞は、攻撃部隊であるT細胞にがんの情報を伝えます。情報を得たT細胞は、このがん抗原を認識することで正常細胞とがん細胞を見分けて、がん抗原を持つ細胞だけを攻撃します。まず、司令塔である樹状細胞が、がん細胞の断片である「がん抗原タンパク質」を取り込み、取り込んだがんの情報を、攻撃部隊であるCTL(細胞傷害性T細胞)に伝達する。情報を受け取ったCTLは、がん細胞の表面上に提示されたMHCクラスⅠという分子とがん抗原を手がかりにがん細胞を見分けて攻撃する。しかし、なかにはMHCクラスⅠがほとんど消失していたり、発現が低下していたりするがん細胞もあり、その場合CTLはこれらのがん細胞を認識することができない。この現象を「エスケープ現象」という。

まず、司令塔である樹状細胞が、がん細胞の断片である「がん抗原タンパク質」を取り込み、取り込んだがんの情報を、攻撃部隊であるCTL(細胞傷害性T細胞)に伝達する。情報を受け取ったCTLは、がん細胞の表面上に提示されたMHCクラスⅠという分子とがん抗原を手がかりにがん細胞を見分けて攻撃する。しかし、なかにはMHCクラスⅠがほとんど消失していたり、発現が低下していたりするがん細胞もあり、その場合CTLはこれらのがん細胞を認識することができない。この現象を「エスケープ現象」という。

 

一方、NK細胞やNKT細胞、そしてT細胞の一種の「γδ(ガンマ・デルタ)T細胞」は、樹状細胞などから提示される情報に依存せずに、「IPP」(キーワード参照)や「MIC A/B」など、異常な細胞全般にみられる別の分子を単独で見分けて、それらを目印としてがん細胞を認識し、攻撃を加えます。

 

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ガンマ・デルタT細胞は、がんを含む異常な細胞に多く発現しているIPPやMIC A/Bという分子をはじめ、HMB-PP、ICAM-1、CD166といった、がん抗原以外のさまざまな目印によって、がん細胞を認識できることが分かっている(右上図参照)。そのため、がん抗原の消失によってCTLが攻撃できない場合でも、ガンマ・デルタT細胞はこうした別の分子を目印にして、がん細胞に攻撃を加えることができる。ガンマ・デルタT細胞は、こうした複数の目印を同時に認識して、その発現程度などを総合的に判定し、攻撃対象(がん細胞)であるかどうかを判断していることが知られている。

 

また、免疫システムをがん治療に応用する試みも行われています。「がん免疫治療」と総称されるそれらの治療法のなかでも、抗体治療やペプチドワクチン療法は、人工的に作った「抗体」(がん細胞と結合することで、がん細胞の増殖を抑制したり、がん細胞を攻撃する免疫細胞を呼び寄せたりする分子)や抗原を投与し、患者の免疫システムと協力させるなどしてがんの治療をめざします。

一方、免疫細胞治療は、患者自身の免疫細胞を体外で増殖・活性化させて、再び体内に戻す治療法です。これまでに分かってきたさまざまな免疫細胞の特徴・働きと患者のがん細胞の状態に応じて、免疫細胞の種類を選択し、がん治療に用います。

そうした免疫細胞のうち、ガンマ・デルタT細胞を応用した治療を紹介します。

 

キーワード 「IPP」

がん細胞の多くに発現している物質の一つで、「イソペンテニルピロリン酸」の略。ガンマ・デルタT細胞ががん細胞を認識する目印の一つであり、IPPを認識したガンマ・デルタT細胞は増殖・活性化してがん細胞への攻撃力が高まる。この機能はガンマ・デルタT細胞特有とされ、他の免疫細胞ががん細胞を認識できずに見逃してしまった場合にも、がん細胞を発見し、攻撃することが期待されている。

 

コラム① ガンマ・デルタT細胞はきわめて少数の「特殊部隊」
gan_meneki_4免疫細胞は「白血球」とも総称される。そのうち、がん細胞を攻撃する細胞は、基本的に「リンパ球系」に分類される。リンパ球はさらに、がん細胞を直接攻撃するT細胞(アルファ・ベータT 細胞、ガンマ・デルタT細胞)やNK細胞、NKT細胞、抗体という物質を産生することでがん細胞を攻撃するB細胞などに分けられる。T細胞の大部分はアルファ・ベータT細胞で占められており、ガンマ・デルタT細胞は、リンパ球のなかできわめて少数派だ。(リンパ球の構成はこちらでも紹介しています)

 

【ガンマ・デルタT細胞の強み】多彩な受容体でがん細胞を認識し、重層的に攻撃する

ガンマ・デルタT細胞は、がん細胞に対する多角的な攻撃手段を備えています。それを可能にしているのが、ガンマ・デルタT細胞の持つ、多彩な「受容体(レセプター)」(キーワード参照)です。

ガンマ・デルタT細胞は、人体のなかで、他のT細胞も存在する血液やリンパ組織に加え、生体防御の最前線である皮膚や粘膜にも分布します。こうした部位では、さまざまなストレスによって異常な状態になった細胞が、やはりさまざまな物質を発現しています。多彩な受容体を持つガンマ・デルタT細胞は、これらの物質を迅速に認識し対処することができます。がん細胞に対しても同様で、多彩な受容体を持つため、多方面からがん細胞を認識して攻撃することが可能です。
1 異常な細胞の出す目印を認識して攻撃する
がん化したり、ウィルスが感染するなどした異常な細胞は、特有の目印となる分子を発現する。ガンマ・デルタT細胞は、それらの目印のうち、MIC A/B やIPPなどと結合する受容体をもつ。この結合を介して、ガンマ・デルタT細胞はがん細胞を含む異常な細胞を攻撃する。

2 ガンマ・デルタT細胞の増殖・活性化のポイントはゾレドロン酸
ガンマ・デルタT細胞はもともと数が少ないため、治療に使える程度に増殖することが困難だったが、近年、このゾレドロン酸を用いてガンマ・デルタT細胞を大量に培養する技術が確立された。

3 ゾレドロン酸投与で、ガンマ・デルタT 細胞のがん細胞感受性が増強
ゾレドロン酸は、ガンマ・デルタT細胞を培養する際だけでなく、がん患者に投与することで体内のがん細胞にIPP をより多く発現させて、ガンマ・デルタT細胞の感受性を高めることもできる。ゾレドロン酸は従来、骨粗しょう症やがんの骨転移の治療薬として利用されており、人体への安全性も確認されている。

 

キーワード 「受容体(レセプター)」

各種の細胞がもつ、いわば「鍵穴つきの手」のような分子。各受容体は、それぞれ特定の物質との対応関係をもつ。T細胞の場合、抗原や抗体などが、受容体に対応した「鍵」となる。T細胞は、自らの受容体とそれらの物質が結合することで、結合先の細胞などと情報をやり取りする。

 

 

ガンマ・デルタT細胞の攻撃で死滅するがん細胞

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前立腺がん細胞Aとガンマ・デルタT細胞Bを一緒に培養。増殖・活性化されたガンマ ・デルタT細胞の攻撃によって、がん細胞が死滅する様子をとらえている。培養開始から120分後には、ほぼ全てのがん細胞が死滅したのがわかる。

 

 

【進む研究開発と臨床応用】ガンマ・デルタT細胞治療の現状と課題

これまでみてきたように、ガンマ・デルタT細胞は、がん細胞に対して優れた認識・攻撃手段を持っていることがわかっており、治療に活用する方法が模索されています。

従来、ガンマ・デルタT細胞は血液中の数が少ないために培養が難しく、治療に用いることも困難とされてきました。しかし近年、ゾレドロン酸を用いて同細胞を大幅に増殖・活性化させる技術などが確立されたことで、現在いくつかの医療機関で「ガンマ・デルタT細胞治療」の臨床研究が実施されています。

そのうち、東京大学医学部附属病院の呼吸器外科では、標準的に用いられる既存の抗がん剤治療で効果が得られず、有効な治療法がなくなってしまった「標準治療抵抗性」の肺がんの患者を対象に、先進医療としてガンマ・デルタT細胞を用いた免疫細胞治療の臨床研究が進行中です。

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 肺がんは現在、日本人の死亡原因の第1位となっています。なかでも全肺がんの9割弱を占める「非小細胞肺がん」が、この臨床研究の対象となっています。進行肺がんにおいては標準治療としていくつかの抗がん剤による治療が行われているものの、残念ながらその治療成績は決して高いとは言えず、より有効な治療の開発が求められています。

先進医療開始に先立ち行われた第Ⅰ相臨床試験(2006年開始、現在終了)では、このゾレドロン酸で増殖・活性化させたガンマ・デルタT細胞を用いる治療の安全性と、副次的に、治療効果についても確認・検討が行なわれました(通常、第Ⅰ相臨床試験では、少数の患者を対象に安全性の確認を目的として実施される)。その結果、治療に関連する重篤な有害事象は認められず、第一の目的である「治療の安全性」が確認されました。また、患者のQOL(生活の質)を損ねることなく15の症例中6例でがんの進行の抑制も認められています。

さらに、患者の「無増悪生存期間」(治療開始後、がんが進行・増大しなかった期間)の延長も認められました。進行がんや再発がんで、標準治療による効果を得ることが難しい患者を対象とした試験であることを鑑みると、この治療は、非小細胞肺がんに対する有用な治療法であることが示唆されたと考えられます。

この第Ⅰ相臨床試験の結果をふまえ、前述のように、東大病院呼吸器外科では2012年より目標症例数を85例に拡大して、「第Ⅱ相」の段階の臨床研究を、先進医療として実施しています。

また、日本赤十字社医療センターや東京医科大学病院など他の医療機関でも、このガンマ・デルタT細胞を用いた治療に注目し、有効な治療を開発すべく、研究が進められています。今後のガンマ・デルタT細胞治療の進展が期待されます。

 

東京大学医学部附属病院 呼吸器外科における先進医療(第Ⅱ相臨床試験)

出典:「東京大学医学部附属病院 免疫細胞治療学講座HP」より

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試験名 第3項先進医療(高度医療)
「標準治療抵抗性の非小細胞肺がんに対するゾレドロン酸誘導γδT細胞を用いた免疫細胞治療」の
自主臨床試験

試験期間
2012年7月1日 〜2015年6月30日
試験内容
がん種・対象:非小細胞肺がん
目標症例数:85
評価項目:無増悪生存期間、安全性、有効性
主な研究組織
東京大学医学部附属病院 呼吸器外科
対象
①手術で切除を行った後に再発し、抗がん剤治療を受けたものの治療が効かなくなった患者
②手術ではなく、放射線療法や抗がん剤による治療をうけたものの治療が効かなくなった患者
※ただし、感染症検査(HBs抗原、HCV抗体、HIV抗体、HTLV-1抗体)が陽性である方や、
妊娠を希望する方や妊婦、授乳婦の方などは参加いただけないなど、厳密な適格基準にあった方が参加できます。
本臨床研究に関するお問い合わせ先
東京大学医学部附属病院 免疫細胞治療学講座(こちらのページにお問い合わせフォームがあります)
TEL:03-5805-3163 / FAX:03-5805-3164
E-mail:haigangdt-office@umin.org

 

コラム②「先進医療」とは

「先進医療」とは、現時点で公的保険診療の対象となっていない、ガンマ・デルタT細胞治療のような高度で先端的な治療法や医療技術のうち、将来的な保険導入のための評価を目的として、厚生労働省が先進的な医療技術・高度な診療と、一般の保険診療との併用を認めた制度のこと。
先進医療を実施できる医療機関も、厚労省に認められた医療機関に限られている。先進医療を受けた際の費用(先進医療の種類や医療機関によって異なる)は、患者の全額自己負担となるが、先進医療を受ける際に同時に必要となった検査や投薬、入院料等の通常の医療費の部分は、通常の保険診療として受けることができる。