がんと免疫

免疫を抑制するがん細胞との闘い

がん細胞には、免疫の攻撃から逃れて自身を守る仕組みがあることが明らかになってきました。「がん免疫逃避機構」と呼ばれるものです。そこで、免疫を抑制しようとするこのがん細胞の力を弱める治療法が、今、世界で注目されています。日本で最先端の研究をリードする濱西潤三先生に話を伺いました。(2015年1月に公開された記事となります)

 

「がん免疫逃避機構」の研究から見えてきた免疫への妨害を阻止する新たな治療法

人間の体は、「免疫」によって守られています。免疫は、体にとって有害な病原体や異常細胞を監視し、攻撃や排除をします。近年、この免疫力を活用して、がんの発症や進行を阻止する免疫細胞治療などが注目を集めています。

ところが、こうした免疫に守られているにもかかわらず、私たちはがんになることがあります。体内でがん細胞が増殖して、進行性のがんと診断される人も少なくありません。いったいなぜ、そのようなことが起こるのでしょうか?

婦人科がんが専門で、長年、卵巣がんの研究に携わり、がん免疫療法にも詳しい京都大学大学院の濱西潤三先生は次のように語ります。「免疫細胞はがん細胞を攻撃する力をもっていますが、攻撃されるがん細胞も無抵抗ではなく、免疫の攻撃を回避するような動きをすることが分かってきたのです」。

このようながん細胞の免疫に対する「抵抗」、つまり、がん細胞が自身を守ろうとする仕組みを「がん免疫逃避機構」と呼びます。これによって免疫細胞が正常に働かなくなることが、最近の研究で明らかになってきました。それが、がん発症の引き金となることもあります。

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本来、免疫細胞は健康被害をもたらすがん細胞を攻撃する役割を担っている。しかし、免疫からの攻撃を避けるために、がん細胞が免疫細胞に対して妨害を行うことが分かってきた。それががん免疫逃避機構だ。がん細胞の妨害に遭うと、免疫細胞は正常な攻撃ができなくなってしまう。

 

では、「がん免疫逃避機構」はどのように引き起こされるのか――。
通常、まず免疫の司令塔である「樹状細胞」ががんを発見すると、攻撃を担当する「T細胞」にがんの特徴を教えて、攻撃の信号を発します。T細胞はそれを受けて、攻撃すべき対象を見分けて攻撃に移ります。ところが、がん細胞からT細胞に対して攻撃を抑える信号が送られると、免疫が正常に働かなくなってしまうのです。

人間の体内にはこのような、がん細胞が免疫力を抑え込む仕組みが複数あるとされています。その中で濱西先生が注目し、研究を進めているのが、「PD-1/PD-L1経路」です。「抗体による免疫逃避信号のブロック」(下図)に示したように、T細胞ががん細胞を攻撃しようとしても、T細胞に発現する「PD-1」という物質と、がん細胞に発現する「PD-L1」という物質が結び付くとT細胞は攻撃をやめてしまうのです。

そこで現在、盛んに行われているのが、がんの免疫逃避機構を阻止する薬剤の研究開発で、「免疫チェックポイント阻害薬」と呼ばれています。「PD-1/PD-L1経路」に有効とされるのが、「抗PD-1抗体」や「抗PD-L1抗体」です。

「この薬剤をがん患者さんに投与すると、がんは自己防衛力を失い、免疫細胞が正常に機能すると言われています」

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T細胞が、がん細胞を攻撃する。しかし、ここにがん細胞による免疫抑制が起こると、この一連の流れが止まってしまう。その妨害経路の一つが「PD-1/PD-L1経路」だ。この経路を遮断するために開発された薬剤が、「抗PD-1抗体」や「抗PD-L1抗体」で、これを投与すると、図に示したように、Y字型の抗体と呼ばれる物質が経路を遮断し、免疫抑制の信号をブロックする。

 

キーワード 「PD-1/PD-L1経路」
「PD-L1(programmed cell death-1 ligand-1)」とは、がん細胞から発現している物質で、「PD-1(programmedcell death-1)」とは、T細胞上にあるPD-L1の受容体だ(「抗体による免疫逃避信号のブロック」の図参照)。この二つはぴったり合うカギとカギ穴のような関係にある。このPD-L1がPD-1と結合し、がん細胞からT細胞へ信号を送ることにより、その働きを抑制し、免疫から逃れていると考えられる。逆にいえば、「PD-L1」と「PD-1」が結合しなければ、がん免疫逃避機構が働かないことになる。したがって、抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体とは、二つの物質の結合を阻止し「PD-1/PD-L1経路」を機能させないための薬といえる。

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