注目の治療・研究

世界で急速に展開する陽子線治療。一方で臨床的有用性は未検証。米国で陽子線とX線各治療の初の比較臨床試験が進行中

大西正夫(おおにし・まさお) 医事ジャーナリスト・埼玉医科大学客員教授

2015年2月17日

作詞家で直木賞作家のなかにし礼さんが、食道がんにかかって受けた治療は陽子線治療だった。放射線治療の中でも陽子線治療は先端的で治療効果も高く、副作用も少ない――。なかにしさんのケースが大きく取り上げられたこともきっかけで認知度が高まり、治療施設、患者数も年々増加している。

陽子線治療の進む日本でも注目される米国の臨床試験

ところがここ数年、海外では陽子線治療に対し、従来からのX(エックス)線の治療成績を上回る科学的根拠がないとの指摘や批判が目立つようになった。米国臨床腫瘍学会 (ASCO)は2012年、賢い選択を勧める「Choosing Wisely Campaign List」に、科学的裏付けのない治療法の一つとして陽子線治療を挙げた。

そんな動向を反映し、マサチューセッツ総合病院(MGH)とペンシルベニア大学の共同、MDアンダーソンがんセンターの単独による陽子線治療とX線治療を対象にした世界初のランダム化比較対照臨床試験(RCT)が、それぞれ進行している。前者は前立腺がん、後者は食道がんが対象だ。

陽子線治療の歴史は意外に古い。がん病巣(標的)の前後を突き抜けるX線に比べ、標的を直撃すると放射線が消滅する線量分布――高い線量集中性が正常組織にさほど影響を与えず、副作用が少ない物理的特性に着目し、米国で1960年代初めに試みられた。日本でも、79年に放射線医学総合研究所(放医研)で行われた。地道な臨床研究の時期を経て今世紀に入り、陽子線治療への関心が世界的に高まっていったのだ。

陽子線治療は放射線治療法の一つ。X線の場合は病巣の前後にある正常組織にも放射線が照射されるが、陽子線は狙った場所を直撃するとほぼ消滅するので、標的後方の正常組織への被曝がほとんどない。
陽子線治療は放射線治療法の一つ。X線の場合は病巣の前後にある正常組織にも放射線が照射されるが、陽子線は狙った場所を直撃するとほぼ消滅するので、標的後方の正常組織への被曝がほとんどない。

 

陽子線と同じ仲間の炭素線を含む粒子線治療の世界横断的な組織、PTCOG(国際粒子線治療共同グループ)によると、2013年3月時点で世界の陽子線治療施設は15か国41施設に上る。米国の12施設に日本の7施設を合わせると、日米で世界の半分近くを占める。

日本は現時点(2014年8月)で9施設になったが、治療開始目前の1施設に加え、計画中が数か所ある。粒子線治療の患者数が10万人を超えた中で、陽子線治療はその9割を占め、その半数以上は米国。日本も約1万人に及ぶ。

 

2014年3月に治療を開始した北海道大学病院陽子線治療センターの内部。
2014年3月に治療を開始した北海道大学病院陽子線治療センターの内部。

だが、陽子線治療施設の建設と運転・管理には莫大(ばくだい)な費用を要する。質量の大きい陽子線を発生させる大型の円形加速器と付帯設備などにひところは100億円以上、維持費で年間数億円はかかった。最近でこそ建設費が40億円台に下がったケースもあるが、それでも最新鋭のX線治療装置(直線加速器)よりひとけた高い。

その治療費だが、日本では健康保険が適用されない「先進医療」のため、陽子線治療部分の約260万〜290万円が自己負担となる。表は、先進医療としての陽子線治療実績を示し、施設数と患者数が増加している現状が分かる。

2010年までにすべての固形がんに保険が適用されるようになったX線の強度変調放射線治療(IMRT)の場合、自己負担分は40万円程度ですむ。IMRTは、照射ビームに強弱を付けることで標的への線量集中性を高め、周辺組織の被曝(ひばく)を抑える高精度放射線治療法の一つだ。

前述したMGH・ペンシルベニア大のトライアルは、2012年〜16年までの予定で前立腺がん400例を対象に、IMRTと陽子線治療の臨床有用性を比較検討するのが目的だ。費用に見合った治療の妥当性、つまり費用対効果が良いかどうかの検証も含んでいる。

X線、陽子線ともに、がんの種類によって得手、不得手がある。それを踏まえた上で、世界初の二つのRCTの結果を見守りたい。
(2014年8月時点)

先進医療における日本の陽子線治療の実績
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大西正夫(おおにし・まさお)
医事ジャーナリスト・埼玉医科大学客員教授(取材時現在)

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