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新たな局面を迎えた遺伝子治療。海外では遺伝子治療薬の開発が本格化。 国内でも活発な臨床研究が行われ、治療数は100を超えた

体内に正常な遺伝子を送り込んで病気を治す遺伝子治療は、1990年、米国で初めて免疫不全症(ADA-SCID)の4歳女児に試みられて成功した。それを機に「夢の治療」として世界的に広まり、日本でも95年に北海道大学病院で同じ遺伝性疾患の4歳男児に臨床応用された。だが、米国とフランスで白血病の併発など重い副作用が相次ぎ、ブームは下火になった。

しかし近年、体内に入れても病原性が発現しない工夫をしたウイルス、人工的なDNAを治療遺伝子の運搬役(ウイルスベクター)にする技術の進歩、安全性の向上がめざましい。それに合わせるかのように、特定の遺伝性疾患(遺伝病)に限られていた治療対象が、がんをはじめパーキンソン病やエイズなど、一般的な難治性疾患にも広がりつつある。下の表は、遺伝子治療の研究が進められている主な疾患を示したものだ。

 

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がんの臨床試験が進行中 末期の白血病にも効果が

2015年5月、世界の製薬大手、英グラクソ・スミスクライン(GSK)社が、欧州医薬品庁(EMA)に、ADA-SCIDの遺伝子治療薬の承認を申請。その3年前の2月、オランダのユニキュア社が開発したリポタンパクリパーゼ(LPL)欠損症の遺伝子治療薬「グリベラ」がEMAから承認され、発売されている。それまで臨床研究などの形で各研究機関が遺伝子治療を進めてきたが、医薬品としての承認は世界で初めてだった。

GSKの遺伝子治療薬が認められれば2番目になるが、90年代に盛んに行われた免疫不全症治療とどう違うのか。当時は、治療遺伝子を組み込んだウイルスベクターを、あらかじめ採取しておいた患者さんのリンパ球に感染させ、それを患者さんに戻す手順を繰り返し、正常な遺伝子が発現するようにさせていた。これに対し、現代の遺伝子治療は、増殖を続ける免疫細胞の源である造血幹細胞をリンパ球の代わりに用いるところが根本的に異なる。ADA酵素(代謝に関わる酵素で、先天的に欠損していると免疫不全の原因になる)を産生する造血幹細胞がT細胞などの免疫細胞を増やすことで根治につながるのだ。補充療法を超えた治療概念といってよい。

米ブリストル・マイヤーズスクイブ社は今年4月、前出のユニキュア社との間で、心不全を含む4種類の疾患に対する遺伝子治療薬導入契約を総額10億ドルで結んだ。心筋の拍動力を高める遺伝子を心不全患者に導入して治療する研究などに早くも期待が寄せられている。

一方、専門誌「ジャーナル・オブ・ジーンメディスン」によると、2013年に世界で実施された遺伝子治療臨床試験の対象疾患別では、がんが全体の64.3%(1223件)を占め、がんの遺伝子治療は大きな流れとなっている。

米国で2012年、白血病の化学療法を受けていた危篤状態の7歳女児に対し、最後の手段としてエイズウイルスを改変したレンチウイルスを用いて治癒に導いたケースが話題になった。この成功を受け、成人5人、小児22人の白血病患者さんに同様の治療が行われ、19人からがん細胞が消失した。これも遺伝子治療の成果の1つだ。

国内の動向に目を転じると、今年7月、自治医大が、生まれつき全身の筋肉がうまく動かず寝たきりの小児神経難病、芳香族アミノ酸脱炭素酵素(AADC)欠損症の少年(15歳)に遺伝子治療を実施、経過順調と報道された。世界中でこの病気の患者さんは約100人、国内で現在診断されている患者さんが6人いるという。

日本全体で各種の遺伝子治療を受けた患者さんは100人を超えているが、世界の趨勢(すうせい)とは比べるべくもない。とはいえ、90年代末からの研究自粛に伴う下降期、停滞期を経て日本の遺伝子治療研究は、全国の大学、研究機関、ベンチャー企業などにすそ野を広げつつある。研究・開発環境の整備とともに、その有用性と意義が国民に受け入れられるよう期待したい。(2015年10月時点)

大西正夫(おおにし・まさお)
医事ジャーナリスト・埼玉医科大学客員教授(取材時現在)

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