がんを明るく生きる

怖くてもがんから目を背けないで―原 千晶(女優・タレント)

vol9_harachiaki01「1度目のがんのときはまだ若くて、病気に対する知識も不足していました。どこか他人事のように捉えていたから、経過観察も2年で勝手にやめてしまったのです。病気から逃げたいという気持ちもあったと思います」と、がんへの認識の甘さを反省する。

原 千晶(はら ちあき)
1974年、北海道帯広市に生まれる。子どものころは父親の転勤に伴い、北海道、福岡、大阪、埼玉、千葉などで暮らした。94年、20歳のときに「クラリオンガール」に選ばれて芸能界デビュー。その後、女優やモデルとして活躍。ラジオのDJやテレビのコメンテーターとしても人気を得ている。2005年に子宮頸がんを発症。さらに2009年末には子宮体がんを発症して翌年、子宮全摘出手術を受ける。2010年5月まで抗がん剤治療を受け、その年の秋、ドラマの撮影現場で出会ったご主人と結婚した。剣道の有段者(初段)で、アロマインストラクターの資格ももつ。(取材時現在)

 

「私のがん体験を反省例の1つとして参考にしてもらえたら」

30歳で子宮頸がん、35歳で子宮体がんを患った原千晶さんは、自らの体験をこう振り返る。最初にがんにかかったとき、もっと真剣にがんと向き合っていたら、2度目の発症は防げていたのではないだろうか……。今、闘病生活を送っている人には、自分と同じ後悔をしてほしくないと切に願う。

 

がんの再発予防より将来の出産が大切

20代には月経時の違和感から、たびたび婦人科系の病院を訪れた原さんだが、がんを疑ったことは1度もなかった。

30歳を過ぎて腹痛やおりものの量に異常を感じて病院に行ったときも同じだった。原因は子宮の入り口にできた腫瘍。医師から「取って検査しないと分かりませんが、がんではないでしょう」といわれた際、「がん」という言葉に一瞬たじろいだが、「まさか、30歳でかかることはないだろう」と、その不安はすぐに消えた。

だから、患部を切り取る円錐手術を終えたことで、すっかり治ったと思っていた。だが――。

「病理検査の結果、子宮頸がんと診断されてしまいました」

主治医は再発を避けるために、子宮の全摘出手術をすすめた。しかし、原さんとしては納得できない。再発すると決まったわけでもないのに、なぜ子宮を取らなければならないのか。それは、未婚女性にとって「子どもを諦めなさい」という酷な宣告でもあるのだ。

故郷北海道に住む両親も手術をすすめた。特に父は、母親を子宮がんで亡くし、自らも大腸がんの手術を経験していたため、「がん患者にとって、手術できることがどんなに重要かを考えてほしい」と説得した。その涙ながらの訴えに心は揺れたが、それでも原さんが手術を選ぶことはなかった。

 

「クラリオンガール」に選出されてデビューしたころの原さん。篠山紀信氏撮影の写真集を発表するなど、セクシータレントとして活躍した時代もあった。
「クラリオンガール」に選出されてデビューしたころの原さん。篠山紀信氏撮影の写真集を発表するなど、セクシータレントとして活躍した時代もあった。
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