がん治療中のより良い生活・ケア

がんの痛みを消し、延命効果もあるモルヒネは自然界が人類に与えた最高の鎮痛薬

向山雄人(むかいやま・たけと) がん研有明病院  緩和治療科  部長

2014年4月3日

自然界が人類に与えてくれた最高の鎮痛薬であるモルヒネ。正しい知識を得て、積極的に使って欲しいと向山雄人氏は語った。

がん研有明病院で私が部長を務める、「緩和ケア科」の名称を「緩和治療科」へ変更して、1年が経ちました。がんに直面している患者さんとそのご家族が抱えている苦痛を早期に診断し、適正に治療することで、QOLの向上を図る診療を日々、チーム医療で実践しています。

がん緩和治療のゴールは「良く生きるために心と体の苦痛をとる」ことであることは、連載の第1回目でお話しました。今回は、がん疼痛治療の主役である鎮痛薬「モルヒネ」について説明したいと思います。

「医療用麻薬」に分類されているモルヒネは、「麻薬」という言葉から、「中毒になる」「廃人になる」「死を早める」など、負のイメージを患者さんやご家族はお持ちではないでしょうか。しかしこれは我が国に未だはびこる誤った「都市伝説」です。モルヒネは200年以上研究され、痛みを消すだけではなく、がんに伴う激しい咳や呼吸困難感(息苦しさ)をも緩和してくれることが検証されている自然界が人類に与えてくれた最高のプレゼントの一つなのです。

 

•世界の医療用麻薬使用量の比較

vol3_QOL1
独立行政法人 国立がん研究センターがん対策情報センターがん情報サービス がんの統計’12 13医療用麻薬消費量 4モルヒネ、フェンタ二ル、オキシコドンの合計
(100万人1日あたりモルヒネ消費量換算[g])2007-2009
※国際麻薬統制委員会(INCB) 報告
統計のために定義された1日投与量(S-DDD:フェンタニル0.6mg=オキシコドン75mg=モルヒネ100mg)で換算
日本で経口徐放製剤としてのモルヒネが、がん疼痛治療薬として認可されたのは1989年、WHO が1986年に国際標準のがん疼痛治療法のガイドラインである『Cancer Pain Relief』を公表してから3年後のこと。以来、消費量は増加しているが、未だアメリカなどの北米諸国の約5%、欧州諸国の半分以下である。後塵を拝している日本だが、モルヒネ以外に、オキシコドン、フェンタニル、そしてメサドンを加えた、4 種類のオピオイド鎮痛薬を使用できるようになった。

 

近年では日本でも使用量は増えてきていますが、それでも欧米諸国に比べるとまだまだ十分とは言えません。「人類に与えられた最高の鎮痛薬」であるモルヒネの誤解を解くためにも、モルヒネが痛みを消す仕組みから説明していきます。

まずは、痛みがどのようにして脳へ伝わるかを説明します。指先の傷を例にすると、傷ついた指先の細胞から、痛みを起す物質(発痛物質)が放出されます。

人の神経は脳・脊髄からなる「中枢神経」と、それ以外の多数の神経繊維からなる「末梢神経」から構成されています。この発痛物質は、末梢神経を刺激して痛みの信号を発生させ、おびただしい数の神経細胞が連なって構築されている神経経路を伝わっていきます。この痛みの信号は、神経細胞のあいだでは「神経伝達物質」と呼ばれる化学物質によって伝わります。この神経伝達物質を受け取るのが神経細胞の表面に突出する「受容体(レセプター)」です。

神経伝達物質を受容体によって受け取った神経細胞は、受容体を介してシグナルを出し、神経細胞内へ痛みの電気信号を送ります。この信号によって、神経細胞は新たな神経伝達物質を放出させ、次の神経細胞へと情報を伝えていきます。ちなみに神経細胞が痛みの情報を受け取る受容体を「オピオイド受容体」と呼びます。こうして、神経細胞を経て伝えられた情報は、脊髄を通って脳に達します。そして脳が痛みの信号を受け取り、私たちは「痛い」と感じるのです。

 

•WHO 三段階除痛ラダー

『胆道がんの治療とケアガイド ?胆道がんの患者さん・ご家族と、がん診療に携わるすべての人々へ?』 編集/がん研究会有明病院、国立がん研究センター中央病院、国立がん研究センター東病院(2013年6月5日 第1版 第1刷発行 金原出版株式会社)より
『胆道がんの治療とケアガイド 〜胆道がんの患者さん・ご家族と、がん診療に携わるすべての人々へ〜』
編集/がん研究会有明病院、国立がん研究センター中央病院、国立がん研究センター東病院(2013年6月5日 第1版 第1刷発行 金原出版株式会社)より
「WHO方式がん疼痛治療法」の骨子である「WHO三段階除痛ラダー」を示した図。痛みの強さを三段階にわけて、それぞれの痛みの段階(フロアー)にそって鎮痛薬を選択する。この図の一番下に、「薬以外の痛みの治療法」を向山氏が加えた。「痛みの原因に応じて治療を行なうのがん緩和治療です。さまざまな治療法を併用して行なうことから、元祖集学的治療とも呼ばれています」と向山氏。

 

そしてこの痛みの伝達経路で、「オピオイド受容体」に作用する薬がモルヒネです。

モルヒネは痛みの原因となる神経伝達物質よりも先回りして「オピオイド受容体」に結合します。この作用により、神経細胞は痛みの信号を受け取ることができなくなり、痛みを止めることができるのです。

このようにモルヒネは「オピオイド受容体」に作用して痛みを改善することから、最近は、「医療用麻薬」より「オピオイド鎮痛薬」、または略して「オピオイド」と呼ばれることが多くなっています。

一方、痛みや呼吸困難感を改善する力を持つモルヒネは延命作用を持つことも報告されています。その結果は米国のがん専門誌『Cancer(キャンサー)』(2004年)に掲載されていますが、抗がん剤の効かなくなった患者さんで、モルヒネ内服量と生存期間を比較したところ、1日のモルヒネ投与量が多い患者さんが、痛みもない上に生存期間も長かったのです。

どうですか、皆様が持っているモルヒネののイメージは変ったでしょうか?

誤解が解消された方で、現在、強い痛みや激しい咳・呼吸困難感に苛まれていたら、すぐにモルヒネを使用した治療を医師に申し出て頂きたいと思います。

 

アヘンから精製されるモルヒネは200年の歴史を持つ鎮痛薬
モルヒネはヘロインとともに、ケシ(芥子)から抽出されるアヘン(阿片)が原料。アヘンの強い鎮痛効果は、古代エジプトの壁画にも記録されているほど歴史は古く、1840年にはそのアヘンを巡るアヘン戦争が起きている。アヘンからモルヒネが初めて精製されたのは19世紀初頭、ドイツの薬剤師フリードリヒ・ゼルチュルナーによる。1853年に皮下注射針が開発されると、以降モルヒネは優れた鎮痛薬として普及した。ちなみにモルヒネの名付け親はゼルチュルナーで、ギリシャ神話に登場する夢の神モルフェウス(Morpheus)に由来する。モルヒネをはじめとするオピオイド鎮痛薬のほとんどは「麻薬及び向精神薬取締法」「あへん法」「大麻取締法」で取り締まりの対象となっている。アヘン、ヘロイン、コカイン、大麻もこの法の対象である。

taketo_mukaiyama01向山雄人(むかいやま・たけと)
がん研有明病院緩和治療科部長。著書に『生きる力がわく「がん緩和医療」』(講談社+α新書)『痛みゼロのがん治療』(文春新書)など。(取材時現在)

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