がん治療中のより良い生活・ケア

がん治療を受ける前には、歯の治療が欠かせない?その理由とは。

百合草 健圭志(ゆりくさ・たかし)  静岡県立静岡がんセンター  歯科口腔外科部長

2015年7月15日

口腔外科の専門医として、国内でも先駆的に「がん治療時における口腔ケア」に取り組み、患者さんはもちろん、医療従事者に対してもその重要性について啓発活動を行う百合草先生に話を伺いました。がん患者さんを特に悩ませる口内トラブル、「口腔粘膜炎」や「口腔乾燥」の対策についてもアドバイスしていただきました。

 

がん治療における口腔ケアには、次の4つのポイントがあります。

・口の中を清潔に保つこと
・湿らせること
・痛みを和らげること
・歯のメンテナンス

しかし、患者さんの中には、「こうした口腔ケアとがん治療にどのような関係があるのか」と疑問に思う人もいることでしょう。そこで、この質問から解決していくことにします。

がん治療には2本の柱があるというのが私の考え方です。一つはがんそのものを治す治療、例えば、手術、抗がん剤治療、放射線治療などがこれに該当します。そして、もう一つの柱は、こうしたがん治療を支えるための治療。口腔ケアは、この「支える治療」の一つと考えてください。

抗がん剤や放射線治療を行うと、個人差はあるものの、体に何らかの副作用が起こります。特に口腔内は影響を受けやすい部位の一つで、歯茎から出血したり、歯周病や歯槽膿漏(しそうのうろう)が悪化したり、口腔粘膜炎に悩まされたりします。口腔粘膜炎とは頬の内側や舌、唇などに起こる口内炎のような炎症で、ときに強い痛みを伴います。菌が全身に広がって発熱の原因になることもあり、また、痛みを伴う口内トラブルの場合、食欲減退にもつながります。

 

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このほかの副作用として、口の中が乾いてヒリヒリする口内乾燥も挙げられます。唾液(だえき)には口の中の細菌やウイルスを洗浄する働きがありますから、唾液の出が悪くなると、これらの微生物が口内にとどまったままになります。これを放置すると虫歯が増え、歯槽膿漏が一気に悪化することにもなりかねません。口腔粘膜炎や口腔乾燥に代表される副作用は、化学療法や放射線治療だけでなく、分子標的治療薬によって引き起こされるケースもあります。

口内の汚れが手術に支障をきたすケースも少なくありません。例えば、全身麻酔時にチューブを口から挿入する際、口の中の細菌が術後肺炎の原因になったり、また、口の近くを手術した場合、何かの拍子に口内の細菌が傷口に入って、傷の治りが悪くなった症例もあります。こうしたトラブルを最小限に食い止めるためにも口腔ケアは欠かせません。

 

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口腔ケアといっても、特別なことをするわけではありません。毎食後、ていねいに歯を磨いたり、意識的にうがいをしたりというように、セルフケアで行えることがほとんどです。唾液の出にくさを解消するために、耳下腺(じかせん)、顎下腺(がっかせん)、舌下腺(ぜっかせん)をマッサージするのも良いでしょう。

「口腔粘膜炎の痛みで、口腔ケアどころではない」と言う人もいるかと思いますが、だからと言ってケアを怠ると、口内環境はどんどん悪化してしまいます。がんの治療中は、体が普通の状態ではないため、虫歯や歯槽膿漏の症状が悪化しても、すぐに治療ができないこともありますから、特にケアが欠かせないのです。

痛みや乾きがひどい人のために開発された薄型で毛先が非常に柔らかな歯ブラシやスポンジ、低刺激の歯磨き剤や洗口液などを売店で扱っている病院もあるのでチェックしましょう。症状がひどいときには医師に相談すると、痛み止めの薬を処方してくれます。

治療中のがん患者さんにとって、日々の口腔ケアが欠かせないことについては理解していただけたと思いますが、これからがん治療が始まるという患者さんの場合は、ぜひ治療前に、虫歯を治したり、歯石を除去したりして、口内の環境を整えておくことをおすすめします。そうすることで、その後の治療による副作用が軽減される可能性が高いからです。現に、口腔ケアをしないで抗がん剤治療を行った場合と、ケアをしてから臨んだ場合とでは、歯茎の出血の仕方がまったく違ったと言う患者さんもいました。

そうは言っても「がんと診断されたら、がんそのものの治療のことで頭がいっぱいになり、口腔ケアまでは頭が回らない」と言う人もいるでしょう。けれども現状では、がんを診るすべての医師が口腔ケアについてアドバイスしてくれる環境にはありません。ですから、患者さん自身が口腔ケアについての知識をもって、自発的に行う必要があるのです。

 

<トラブル軽減のためのセルフケア>
がん治療で起こる口内トラブルを最小限に食い止めるために

●口内のセルフチェック
口腔粘膜で柔らかく動く部分は可動粘膜といって、口腔粘膜炎を発症しやすい。その部分を1日1回は鏡を見てチェックし、口腔粘膜に紅斑(こうはん)、潰瘍(かいよう)、出血などの変化を感じたら、主治医や看護師に相談する。
●食事の工夫
(1)熱いものは避ける
炎症部への刺激を避けて、人肌程度の温度に。
(2)刺激物は控える
塩分や酸味、香辛料などを多量に使わない。
(3)食べやすい形状にする
十分に煮込んだり、とろみを付けたりして工夫する。
(4)食事のバランスを考える
栄養が不十分な場合は、バランス栄養飲料や栄養補助食品を利用する。
(5)酒やタバコは控える
口腔粘膜炎の発症を促したり、悪化させたりすることになりかねないため。

 

がんと診断されてから治療が始まるまでには、平均3週間くらいの時間を要します。その間に、できる範囲で口腔ケアをしておくようにしましょう。基本的にはかかりつけの歯科医院でケアをお願いするというので良いですが、院内に歯科のある病院でがん治療を受けていれば、そこの歯科でもよいですし、その病院が連携している歯科医院を主治医に紹介してもらっても良いでしょう。また、義歯を使っている人は、がん治療に入る前にきちんと調整しておくことも重要です。副作用で食欲が落ちてくると、義歯のちょっとした不具合が気になり、それがさらなる食欲減退の原因にもなるからです。

口腔ケアが、がん患者さんに必要なのはもちろんですが、様々な事態に備えて、すべての方たちに日ごろから心掛け、習慣化してほしいものの一つであることも、付け加えておきたいと思います。

 

多くのがん患者さんが悩む口腔粘膜炎・口腔乾燥のケア4カ条
(1)口の中や義歯を清潔に
vol6_qol04歯磨きをいつもより念入りに行うこと。痛みへの対策としては、刺激の少ない歯磨き剤を使用し、歯と歯茎が磨けて、なるべく粘膜に触れないようなヘッドの小さい歯ブラシを選ぶ。義歯は細菌や真菌の温床になりやすいので、義歯専用ブラシを使って洗浄し、常に清潔にしておく。また、装着を食事時のみにするなどの工夫を。
(2)口の中を湿らせる
うがいはできるだけ刺激の少ないもの(水、生理食塩水、医師から処方されたうがい薬や市販の保湿剤など)を使い、最低でも1日3回、できれば8回(2時間おきが目安)くらい行うように心掛ける。生理食塩水は、水500㎖に対し4.5gの塩を入れて作りおきしておくと便利。
(3)薬で痛みを和らげる
口腔粘膜炎の痛みには個人差があるが、食事が摂れないほどの痛みを伴う場合は、医師に痛み止めを処方してもらう。食事時間に合わせて鎮痛剤を飲んだり、うがい薬に局所麻酔剤を混ぜて粘膜をマヒさせたりする方法もある。
(4)歯のメンテナンスを行う
がん治療が始まる前に、虫歯や歯茎に関する治療をすませ、歯石を取ってクリーニングもすませておくと、副作用が軽減される。また、放射線治療の副作用で口の中が乾燥すると虫歯になりやすくなるので、あらかじめ、フッ化物を塗布しておくと良い。

vol6_qol02百合草 健圭志
(ゆりくさ・たかし)
「口腔支持療法」「がん患者の歯科治療」「がん診療医科歯科連携」を専門分野とする。2013年より、静岡県立静岡がんセンターの歯科口腔外科部長を務める。「日本頭頸部癌学会」「日本癌治療学会」「日本臨床腫瘍学会」「日本口腔外科学会」などに所属。(取材時現在)

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