がんとQuality Of Life

がん研究最重点課題の一つ、「がん悪液質」を克服できれば「天寿がん」も夢ではなくなる

緩和治療の最前線を紹介した前回に続き、がん患者の苦しみと向かい合いながら研究を進める向山雄人氏が、世界のがん研究最重点最大課題の一つと言われる「がん悪液質」について語った。

「悪液質」とは、cachexia(悪い状態)いう医学用語の訳語で、明治時代に訳されたまま現在も使われています。悪液質は心臓や呼吸器の慢性疾患など、がん以外の病気にも見られるので、私たちはがんを原因とするものを「がん悪液質(cancer cachexi)と呼んでいます。打撲や怪我など短期間で治る「急性炎症」と異なり、がんは治癒することがない「慢性炎症」とも呼ばれています。

すなわち、がん悪液質とは、がんの進行に伴い持続・増悪する慢性炎症状態が、脳神経系・内分泌系・代謝系・免疫系の異常を誘発して、「体と心の衰弱・消耗」と「がんの 急速な増大・転移」を引き起こし死に至らしめる「がんの本質的な病態像」と言えるでしょう。

•がん悪液質による心と体のダメージ

VOL.2QOLがん悪液質が進行して、筋肉が委縮すると日常での活動力が低下してくる。呼吸するために必要な肋間筋が萎縮すれば換気は低下、咽頭、喉頭、食道周囲の筋肉が衰えれば嚥下障害や誤嚥を起こし、誤嚥性肺炎を起こし易くなる。また心臓や内臓の筋肉も衰える。さらに今までできたことできなくなり、身の回りのことが自分で出来なくなったり寝たきりになれば、身体的苦痛だけでなく、精神的苦痛やスピリチュアルペインが増悪する。こうしたことから、がん悪液質が進行した場合、心の治療やケアがより重要になる。

 

 

 

さて、紀元前4世紀に「近代医学の開祖」と呼ばれるギリシャの医師、ヒポクラテスが予言していたがん悪液質の全体像が近年の先端科学の進歩でようやく見えてきました。現時点での解析結果では、がん悪液質を起こす原因(物質)は複数あり、かつ様々なネットワークを形成しているため、単純化することはできませんが、この中のメインストリームの一つに細胞から細胞へ情報を伝える働きを持つ「サイトカイン」の変調が挙げられます。

本来サイトカインは、がんや感染症に対抗するために免疫システムを強化する情報を伝達する役目を担った物質ですが、皮肉にも、がん細胞とがんに反応した細胞・組織からサイトカインが過剰に産生・分泌され炎症を起こすことで、体内で多くの異常を引き起こします。これらは、「炎症性サイトカイン」と呼ばれ、がん悪液質を誘発します。炎症性サイトカインには「インターロイキン1β」や「インターロイキン6」「インターロイキン8」「TN-α」などがありますが、今回はインターロイキン6(IL−6)を例に、がん悪液質を引き起こす仕組みを説明していきます。

過剰に産生されるIL-6は、体内のタンパク質を分解する酵素のスイッチを常に「オン」の状態にします。そのため体内のタンパク質はアミノ酸に分解され、タンパク質から構成されている全身の筋肉はどんどん萎縮していきます。しかも、このアミノ酸を、がんは自分の栄養にするのですから、人間を動けなくしておいて食べつくす、まさに「エイリアン」そのもの。また血液中のタンパク質の主成分であるアルブミンの生成を抑制します。アルブミンは血液中の水分を保つ役割をもつため、不足すると血管内から水分が漏れ出し、足などにむくみが発現し胸水や腹水は増加します。また、鉄からヘモグロビンを合成する働きをブロックする物質(ヘプシジン)を作り、「がん性貧血」が進行します。さらに、酵素の働きを抑制するため身体機能の繊細な調整がうまく行かなくなり、薬の分解能力が低下するため、薬の副作用が強く出ます。最近の研究で、脳神経に作用し、食欲不振、倦怠感、不眠、抑うつ、難治性がん疼痛(神経障害性疼痛)などを引き起こすことも明らかになっています。

•インターロイキン(IL-6)と生存率の関係

VOL.2QOLがん研有明病院の緩和ケア病棟に入院し亡くなった患者の最終入院時における血中IL-6値と、生存率(生存期間)の関係を示した。IL-6値が高い程、生存期間が短いことが分かる。この結果から高IL-6血症(がん悪液質)は心身の症状だけでなく生存率とも密接な関係があることが示唆される。

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