がんとQuality Of Life

がん研究最重点課題の一つ、「がん悪液質」を克服できれば「天寿がん」も夢ではなくなる

このようにがん悪液質の仕組みは、解明されつつありますが、残念ながら、その治療法はいまだ確立されていないというのが現状です。過剰の炎症性サイトカインが体内の細胞表面にあるサイトカイン受容体と結合すると、がん悪液質のスイッチが入りますが、この結合を阻止する作用を持つサイトカイン、またはサイトカイン受容体に対するモノクローナル抗体と呼ばれる抗体医薬や、サイトカインとサイトカイン受容体が結合した後の細胞内シグナル伝達をブロックする低分子医薬などの薬物療法に期待が集まっています。私も、「感染症を伴わない高血症改善薬=がん悪液質治療薬」としてこれらの製剤を用いた治験を計画中です。

さらに、薬物療法以外にも、栄養サポートチーム(NST)の協力を得た栄養療法や、理学療法士の指導の下によるリハビリテーションなど、さまざまな分野から「がん悪液質の克服」に向けての挑戦が始まっています。薬物療法、栄養療法、リハビリテーションを軸としたアプローチで症状が緩和され高いQOLを保ちつつ、がんの増大・転移を抑制できれば「患者さんが、がんと共に長生きする」、すなわち、「がんの根絶」ではなく「がんとの共存」という新しい概念で、「苦痛のないまま天寿で亡くなった人を解剖したら、がんがあった」というような「天寿がん」も夢ではないでしょう。

がん悪液質は、進行度により、「前悪液質」「悪液質」「抵抗性(進行性)悪液質」と三つのステージに分類できますが、将来、早期に「前悪液質」と診断して治療を開始できれば、がんの治療成績の向上も期待できると考えています。

 

がん悪液質の治療に有効なものとは?

がん悪液質の状態では、大量に栄養を取ることは意味がなく、必要な栄養素を摂取することが重要となる。例えば、イワシなどの青魚の脂身に豊富に含まれる「EPA(エイコサペンタエン酸)」、「DHA(ドコサヘキサエン酸)」、EPA とDHA の結合産物の「リゾルビン」などが炎症性サイトカインの働きを抑制することがわかってきた。しかし、体重減少や体力低下の予防に必要な1 日の摂取量は2g。これはイワシ3〜4 尾分に相当するので、現実的には摂取不可能。そのため、栄養機能食品(商品名:プロシュア)が開発されている。また基礎実験では医療用麻薬(オピオイド鎮痛薬) のモルヒネもがん悪液質の原因とされるTNF–αの発現を抑えることが報告されている。この他にがん悪液質治療薬の候補は多数あり、国際的な治験ネットワークによる共同研究で早急に有効な治療薬を実地医療の場に導入することが必要だ。

※PROSURE はアボット・ラボラトリーズ社の登録商標です。

taketo_mukaiyama01向山雄人(むかいやま・たけと)
がん研有明病院緩和治療科部長。著書に『痛みゼロのがん治療』(文春新書)など。(取材時現在)
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