クローズアップ がんと闘う医師

胆道がんや膵がんなど難治性がんの治療に全身全霊を捧げる ―糸井隆夫(東京医科大学 臨床医学系 消化器内科学分野 主任教授・診療科長)

技術の進歩で早期診断が可能になり、治療効果の高い抗がん剤も開発されているが、それでも、毎年約3万人が膵がんで亡くなる。罹患率の低い胆道がんに関しては、なかなか研究が進まないというジレンマも。休むことなく歩み続けてきたこの20年だが、「課題はまだたくさんある」と糸井はいう。だから、これからも全力で進み続ける。患者さんは私にとって「家族」と同じだから――。
 

糸井隆夫(いとい・たかお)
1966年、神奈川県生まれ。91年に東京医科大学を卒業し、同大学病院の消化器内科へ。2009年には、同病院の准教授に。国立がん研究センター中央病院・内視鏡部非常勤講師、中国南京医科大学・客員教授、筑城大学光学診療部・非常勤講師、慶應義塾大学消化器内科・客員教授、東京医科歯科大学・客員教授などを兼任し、16年には、東京医科大学病院消化器内科・主任教授に就任。専門領域は、膵がん、胆道がん、胆管結石、十二指腸乳頭部乳頭部腫瘍、術後吻合部胆管・膵管狭窄。(取材時現在)
 
 
 

 

超多忙とされる医師の日常。だが、糸井の場合は、それが尋常ではない。

朝から夕方まで医局で過ごしたかと思えば、夜は会合、休日は講演会。月に1、2度は海外で治療のデモンストレーションを行い、日本に戻れば山積した仕事が待っている。後継者を育てる意味で、できるだけ後輩たちを海外に派遣するようにしているが、それでも依頼をこなしきれずに断ることのほうが多いという。日曜日も時間があれば自宅で後輩たちの論文をチェックする。

「今年の1月に講演依頼でおいでになった方に『土曜日は11月まで予定が入っています』といったら驚いていましたね」

現在51歳。そんな生活が、かれこれ20年も続いている。

「高校生の息子と中学生の娘がいるのですが、あまりの不在に、息子は2歳ぐらいまで僕を父親と認識できませんでした。抱こうとすると泣かれ、さすがに寂しかったですね」と苦笑する。

横浜育ち。医師を目指したのは、「母親の影響でしょう」と振り返る。父親は会社員で、身内にも医師はいないが、母親が臨床検査技師として自宅近くの総合病院に勤務していた。小学校から戻ると母の勤務先に顔を出すことが多かった糸井にとって、病院は慣れ親しんだ場所。気付けば、卒業文集に「将来の夢は医者になることです」と記していた。

スポーツも大好きだった。小学2年のときに始めた剣道は大学卒業まで続け、その他、野球、サッカー、テニス、「スキューバダイビングにもはまりました」。まさに文武両道の印象だが――。

「バブル絶頂期だった大学時代は、剣道部の活動の他に、パーティーや飲み会などにも参加してふつうに遊びました。授業中に居眠りをすることもあれば、大学裏手の学生寮に入っていたにもかかわらず、寝坊して遅刻したこともありました」

 

小学生から大学生まで続けた剣道の腕前には自信がある。上は東京医科大学の剣道部時代の糸井(前列左)。後輩の食事代は先輩が払うのが運動部のしきたり。その費用は家庭教師のアルバイトなどで捻出した。

 

定年までに何とかして胆膵系のがんを克服したい――。難しいが不可能ではないと信じています。

しかし、そんな生活も大学生までだった。糸井が専門とするのは、消化器系の中でも診断や治療が難しいとされる胆道や膵臓に関する分野。治療成績を上げるためには学究が必須であるため、時間はいくらあっても足りないが、糸井が弱音を吐くことはない。

「この分野は難しいけれどやりがいがある。そういう覚悟で選んだ仕事ですから、当たり前と思っています」

見つめるのは常に未来。ここ15年ほどの進歩が糸井を支え、さらに前へと向かわせる。

「僕が医師になりたてのころ、例えば重症急性膵炎の患者さんのうち3分の1は救えなかった。手術をすべきかどうか、抗生剤で様子を見ているうちに亡くなってしまうのです。それが、ドレナージ術のように内視鏡的処置で体内の膿(うみ)を抜くような治療法の導入により死亡者数は減少。重篤な患者さんでも死亡率は5パーセント以下に抑えられるようになりました」

また、超音波内視鏡検査によって5ミリ程度の膵がんも発見でき、組織診断も可能になった。その分、早く治療に取りかかれるし、2002年の塩酸ゲムシタビンの登場を皮切りに、効果的な抗がん剤が開発されて、がん患者さんの生存期間は確実に延びている。

ただし、解決できていない問題もある。なぜ人は膵がんにかかるのか――その原因がはっきりしないのだ。糖尿病や慢性膵炎などとの関連はありそうだが、膨大な数の糖尿病や慢性膵炎の患者さんを1人ひとり調べるには、手間もコストもかかりすぎる。

「つまり、早く診断はつくようになってきたが、早期発見をできないでいるのが現状。そこで東京医科大学では、血液や唾液によるスクリーニング検査法(選別検査法)の開発に取り組んでいます」

まだ臨床試験の段階だが、手応えはある。さらに、膵がんに比べると罹患率が低いために研究の進まない胆道がんについても、「同じように結果を出していきたい」と抱負を語る。

 

「うちのチームの仕事はとてもハードですが、みんな明るくてがんばり屋です」と糸井はスタッフを心から信頼している。内視鏡検査の画像を見て、相談しながら膵炎の患者さんの治療方針を決める。膵炎の大きな原因の1つが飲酒。このため、「気の毒だけど、この患者さんにも禁酒をしてもらわないとだめだなぁ」と糸井。

 

知識を深め、より高度な技術を追求する一方、患者さんへのやさしさも忘れない。「患者さんのことは自分の家族と思いなさい」が糸井の口癖だ。だから、患者さんへの負担軽減を考えて低侵襲治療を心掛けるのは当然だし、「もし自分の家族にがんの疑いを感じたら、『2週間後にMRIを撮りましょう』なんて悠長なことはいっていられないはず。1日でも早く検査をしようとするだろう。患者さんにも、同じ気持ちで接しなさい」と後輩たちを諭す。

そんな糸井のもとには、がん患者さんやご家族から手紙が届くことがある。そこには、「先生が時間をくださったおかげで自分の人生を見つめ、最期を迎える準備を整えることができました……」などの感謝の言葉が綴られている。

「誠心誠意尽くしても救えない患者さんはいます。それは医師にとってもつらいことですから、こうした手紙には励まされます」

患者さんを身内と思う分、実際の家族との時間は犠牲にしてきてしまったと反省する。もと薬剤師だった妻は結婚を機に仕事をやめ、忙しい糸井に代わって家庭内のことを1人で取り仕切ってきた。仕事に全力投球できていることを妻に感謝しつつ、そこが唯一、負い目でもある。

「せめて自分の健康管理くらいはしようと思うのですが、スポーツをする時間はないので、ウォーキングをするようにしています。ストレス解消といえば、大好きなSFやアクション映画を観ることぐらいですね」

ごくたまに子どもたちと映画館に足を運ぶこともあるが、ほとんどは、海外出張の往復の機内上映で楽しむことになる。

定年まで15年――。これからも増え続ける「家族」のために、糸井の忙しい日々は続く。

(敬称略)

 

海外では、講演のあと実際に治療をして見せ、その様子が大型スクリーンに映し出される。インタビュー当日も、「実は来週からインドで講演とライブなんです」と語っていた。

 

東京医科大学病院 消化器内科
食道、胃、腸などすべての消化管と、肝臓、膵臓、胆嚢、胆管などを含めた消化器疾患全体が診療対象。消化器外科、放射線科、薬剤部など、部署の垣根を越えて、高性能な検査機器を活用し、全国でもトップクラスの診断、治療を実践している。

●問い合わせ
東京医科大学病院
住所/東京都新宿区西新宿6-7-1
電話/03-3342-6111(代表)
HP/http://hospinfo.tokyo-med.ac.jp/

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