クローズアップ がんと闘う医師

肝臓がんと向き合い低侵襲治療の技術向上を目指すー 椎名秀一朗(順天堂大学 医学部附属順天堂医院 消化器内科 教授)

2018年5月2日

椎名秀一朗(しいな・しゅういちろう)

順天堂大学 医学部附属順天堂医院 消化器内科 教授

1956 年、茨城県生まれ。82年、東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院、三井記念 病院で研修後、東京大学医学部第二内科医員に。その後、日赤医療センター、茅ケ崎市立病院などを経て、2000 年、東京大学消化器内科医局長に就任。12 年より、順天堂大学大学院医学研究科画像診断・治療学教授。同大学の医学部消化器画像診断・治療研究室教授、順天堂医院消化器内科教授併任。

 

ラジオ波治療の「ゴッドハンド」とまで呼ばれる椎名だが、この治療をさらに普及させるには、全体のレベルアップが不可欠と、 日々の診療だけでなく、人材育成にも奮闘する。プライベートな時間がないことなど苦にはならないという。そんな椎名にストレス発散法を尋ねると、「病棟を回って患者さんの表情から、自分が必要とされているのを実感すること――」。椎名の人柄を知るにはこのひと言で十分だ。
 

肝臓がんの低侵襲治療は、1980年代中期の「エタノール注入療法」に始まり、90年代中期に登場した「マイクロ波治療」、そして現在の「ラジオ波治療」へと進歩してきた。

いずれも超音波画像でとらえた病巣に細い針を指し、エタノール注入療法ではアルコール、マイクロ波治療ではマイクロ波による熱、そしてラジオ波治療では高周波で発生させた熱を使い、がん細胞を死滅させる。椎名はこの分野の世界的医師と評され、その治療数は、ラジオ波治療だけでも1万2000例を超える。

椎名は現在、レクチャー、ライブデモンストレーション、ケーススタディの3本柱からなるトレーニングプログラムを、国内外の医師を対象に実施し、治療技術の普及向上に努めている。その理由はラジオ波治療のレベルアップをしたいという思いからだ。

 

トレーニングプログラムにおけるライブデモンストレーションの様子。トレーニングプログラムは国内の医師向けに9回、海外の医師向けに4回開催してきた。

 

太さ1.5ミリほどの電極針を挿入して行うラジオ波治療は、開腹手術に比べて患者さんの体への負担が少ない。しかし、ラジオ波による治療は技術により治療成績に差が出る。治療が難しい場所にがんがある場合は「高度な技術と経験を要する症例」として椎名の元に紹介されてくることが多いが、通常の症例でも合併症が起こることもある。

治療前後のCT画像を見比べてがんが取り切れたか評価するのだが、経験が十分でない場合、がんの残存を見逃してしまうこともある。こうしたことを減らすために、自分の技術や経験を1人でも多くの医師に伝えたいと考えている。現在、「ラジオ波治療の第一人者」といわれる椎名にも、振り返れば、思い通りにいかずにジリジリした時代があった。

「30歳ごろは、アメリカで医療をしたいという夢をもっていたのですが、結局、かないませんでした」

医師が不足していた時代は外国人医師も受け入れられたが、やがてアメリカ人でない医師が居場所を見つけることは難しくなった。「アメリカで働くための試験に合格し、100近い病院に手紙を送りましたが、受け入れてくれる病院はありませんでした」

椎名は日本のレベルが高いとされる消化器を専門として選択した。
研修先が肝臓がんの多い病院だったため、がんにアルコールを直接注入するエタノール注入療法に取り組んだ。今日ではラジオ波治療で注目されているが、基本的な技術や考え方はそのころから積み重ねてきたものだ。

その後、東大に戻ったときには患者さんが少なくて苦労した。「当時、東大にはそれぞれに消化器グループがある内科の教室が7つもあり、患者さんも分かれていました。私の第二内科の肝臓がんは年間30例ほどですが、年間300例にエタノール注入をする大学もありました。そこで他では適応としない肝がんも治療できる手法を考えました」。

椎名は複数の針を使い、針先の深さを変え、大型肝臓がんの病変全体にアルコールを注入した。治療前後の画像を見るとその効果は一目瞭然。「東大のエタノール注入はすごい」という評価を得るようになった。

 

ラジオ波治療室専属の超音波検査技師と。順天堂医院に設置されている、ラジオ波治療専用の手術台や超音波プローブなどは、椎名がメーカーとともに開発したものだ。

患者さんを治療することはもちろん、 医療技術の発展に貢献し、 人材を育てることも医師の務めです。

 

1995年、米国の企業が開発した装置を見て、「これだ」と思った。それが椎名とラジオ波治療の出合いである。エタノール注入は1回で大きな範囲を壊死させるが、確実性に欠けていた。マイクロ波は熱で組織を壊死させるため確実性は高いが、長さ2.5センチ、幅1.5センチしか壊死せず、何度も穿刺(せんし)する必要があった。

「ラジオ波治療は1回で大きな範囲を確実に壊死させることができる。エタノール注入とマイクロ波の長所を兼ね備えた治療だ」。椎名はラジオ波治療の将来性を見抜き、日本で使えないか交渉した。肝臓がん治療で実績があったため交渉はすぐにまとまった。しかし、日本には代理店がなく、導入は1999年になった。

外科医から、「そんな治療でがんは治らない」といわれたこともあった。椎名は実績でその評価をくつがえす。ほどなく椎名のいた東大のラジオ波治療症例数は世界一となる。治療後10年の生存率を出してからは、肝切除と同様の効果があると多くの外科医も認めるようになった。海外を断念してから30年。気付けば椎名自身が海外の医師を指導する立場になっていた。

彼の毎日は超多忙だ。現在、外来で経過観察をしている患者さんは千数百人。これに新規の患者さんが加わるため、あっという間に診療時間を過ぎてしまい、診られなかった患者さんの診察は土曜日になる。外来以外の日はラジオ波治療に追われるが、「トレーニングプログラム」の準備にも時間が必要だ。さらに椎名は、より正確で迅速な治療を目指して、医療機器メーカーと共同で医療機器の開発にも取り組んでいる。「自分の時間はほとんどないですね。健康のために月に2回ほど泳ぐことはありますが……」

今、一番必要なのは人材。より多くのスタッフがいれば、より多くの患者さんに高いレベルの医療を提供できるだけでなく、産学連携や医工連携、トランスレーショナルリサーチも推進できる。経歴は問わない。ラジオ波治療を学びたい医師はもちろん、低侵襲治療を中心とした集学的治療体系を構築するため、外科や放射線科、腫瘍内科でキャリアを積んだ医師も歓迎している。

「やる気のある若い医師は特に歓迎します」と付け加えたあと、笑顔から一瞬真顔になった。「仕事中は厳しいので、そこは覚悟してきてほしい」。

椎名の厳格さは誰もが知るところで、その真摯(しんし)な姿に「仕事に対する厳しさが誠実さとやさしさの源」と教えられる。
(敬称略)

 

2017年1月3日、笑顔で箱根駅伝の応援をする椎名。順天堂大学は総合第4位と大健闘した。

 

順天堂医院 消化器内科

消化管、肝臓、画像診断グループの密な連携を基本とし、消化器 疾患全般について様々な視点から 幅広く病気の原因や背景となる因子を分析。厚生労働省に認定された特定機能病院として、他の医療機関と相互連携を図りながら先進的な医療も提供している。

●問い合わせ

順天堂大学医学部附属順天堂医院
住所/東京都文京区本郷3-1-3
電話/03-3813-3111(大代表)
HP/www.juntendo.ac.jp/hospital/

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