がんと免疫

肺がん治療の最前線

監修:高橋和久(たかはし・かずひさ)
順天堂大学大学院 医学研究科 呼吸器内科学教授

日本のがん死亡原因トップの肺がんの治療が大きく変わろうとしています。免疫細胞を再活性化してがん細胞を退治する「免疫チェックポイント阻害剤」の登場で、極めて困難だったⅣ期の進行肺がんの治癒にも一筋の光明が見え始めました 。順天堂大学大学院医学研究科の高橋和久教授に肺がん治療の現状と可能性について聞きました。

 

日本では肺がんが、がん死のトップ。その多くが手術のできない進行がん

1998年、肺がんは、それまで日本人のがん死亡率のトップだった胃がんを抜いて第1位となりました。その後も肺がんの死亡率は高まる一方で、最近の死亡者数は約7万7000人。男女別に見ると、男性が約5万5000人で(死亡率は第1位)、女性は約2万2000人(死亡率は大腸がんに次いで第2位)となっています。

 

近年は、特に高齢者の肺がん死が増えている。1970年ごろの男性の喫煙率は約8割で、そのころの喫煙者が今、高齢者となって肺がんになっていることも一因と考えられる。現在の喫煙率は3割程度なので、あと20年もすれば、喫煙による肺がん死は減少すると考えられている。
近年は、特に高齢者の肺がん死が増えている。1970年ごろの男性の喫煙率は約8割で、そのころの喫煙者が今、高齢者となって肺がんになっていることも一因と考えられる。現在の喫煙率は3割程度なので、あと20年もすれば、喫煙による肺がん死は減少すると考えられている。

 

肺がんは、がんステージが初期のⅠAの段階で発見されれば、手術後の5年生存率は85%以上ですが、発見時点で手術できるケースは全体の3~4割で、残りは手術ができない進行がんです。手術ができない場合は、抗がん剤と放射線療法で治療するのが基本です。

手術では、従来の開胸手術に比べて体への負担が少ない胸腔鏡手術が増えています。放射線療法についても、CT(コンピューター断層撮影)でがんの位置を確認しながら放射線を病巣に向けて三次元的に照射する「定位放射線治療」が行われるようになりました。これもまた、従来の放射線療法に比べて、正常細胞へのダメージが少ない治療法で、手術とほぼ同等の治療効果も期待できます。また、気管支鏡で見える範囲のがんについては、レーザーを照射して治療する内視鏡治療も行われるようになりました。

標準治療ではありませんが、患者さん自身のリンパ球を取り出して、大量に増殖、活性化させ、再び体内に戻す「免疫細胞治療」も、抗がん剤や放射線療法と組み合わせるなどして行われています。免疫細胞治療は副作用が少なく、体に散らばった小さながん細胞までも攻撃できることが特徴で、話題の「分子標的薬」との相性についても期待されています。

高齢の患者さんが増えていることも最近の肺がんの大きな特徴です。肺がんは60歳ごろから急激に増えるので、社会の高齢化が原因だと考えられます。高齢者の場合は肺がん以外の病気、つまり高血圧、心臓病、脳卒中、パーキンソン病、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、間質性肺炎などの病気をもっていることが多いため、これらの併存症を同時に治療することも大切です。

また、CTで見ると、すりガラス状の淡い影を呈する肺の腺がんが女性に増えているのも最近の特徴で、健康診断で見つかることが多いようです。

 

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日本人の肺がんによく効きダメージも少ない分子標的薬

肺がんは大きく、小細胞肺がんと非小細胞肺がんに分類されます。小細胞肺がんは肺がん全体の15%を占め、増殖が早く、転移しやすい悪性度の高いがんです。しかし、抗がん剤や放射線治療が比較的効くがんです。

一方、85%を占める非小細胞肺がんは、さらに、腺がん、扁平上皮がん、大細胞がんの3つに分かれ、それぞれ肺がん全体の50%、30%、5%を占めています。

特に喫煙との関係が深いのが小細胞がんと扁平上皮がんです。また腺がんには喫煙が関係するタイプと関係しないタイプがあります。

 

肺がんは、腺がん、扁平上皮がん、大細胞がん、小細胞がんの4つに分類され、それぞれ、がんの性質や治療法、薬の効き方、予後などが異なる。肺の細胞の遺伝子が傷つくことで肺がんになるとされ、その主な原因としては、タバコ、アスベスト、ヒ素、排気ガスなどが挙げられる。
肺がんは、腺がん、扁平上皮がん、大細胞がん、小細胞がんの4つに分類され、それぞれ、がんの性質や治療法、薬の効き方、予後などが異なる。肺の細胞の遺伝子が傷つくことで肺がんになるとされ、その主な原因としては、タバコ、アスベスト、ヒ素、排気ガスなどが挙げられる。

 

最近の最大の話題は、Ⅳ期の進行肺がんの治療成績が劇的に改善していることです。Ⅳ期の進行肺がんはそのまま放置すれば数カ月の命なのですが、抗がん剤の化学療法によっておよそ1年延ばすことができます。十数年前からは、正常な細胞をがん化させる遺伝子の変異「ドライバー・ミューテーション(※1)」を標的にし、その働きを阻害する分子標的薬が登場しています。そのおかげで治癒とまではいかないまでも、3~4年の延命が可能になってきました。

がん細胞の表面にある増殖や転移などに関係する分子を標的にして、がんをねらい撃ちする分子標的薬は、従来の抗がん剤に比べると正常細胞へのダメージが少なく、副作用が少ないというメリットもあります。ただし、確率は低いとはいえ、間質性肺炎などの重篤(じゅうとく)な副作用を起こすことがあるので注意が必要です。

 
※1 正常な細胞をがん化に導く遺伝子変異で、治療の標的となり得る重要な変異をこう表現します。特に肺がん(腺がん)では、「EGFR遺伝子変異」「ALK融合遺伝子」など、ドライバー・ミューテーションが次々に発見されているため、効果的な薬剤の開発が進められていて、今後も治療の選択肢が増えつつあります。

 

治療の第1選択は手術(外科療法)だが、転移などにより手術ができない場合は、放射線療法や化学療法などを組み合わせて治療する。ただし、通常の抗がん剤だけでは効果が不十分なので、最近は分子標的薬がよく使われている。また昨年、Ⅳ期の非小細胞肺がんに対して、画期的な「免疫チェックポイント阻害剤」が保険適用となった。
治療の第1選択は手術(外科療法)だが、転移などにより手術ができない場合は、放射線療法や化学療法などを組み合わせて治療する。ただし、通常の抗がん剤だけでは効果が不十分なので、最近は分子標的薬がよく使われている。また昨年、Ⅳ期の非小細胞肺がんに対して、画期的な「免疫チェックポイント阻害剤」が保険適用となった。

 

肺がんのドライバー・ミューテーションとしては、「EGFR遺伝子変異」と「ALK融合遺伝子」が有名。EGFRの遺伝子変異に対しては、現在、ゲフィチニブ(商品名イレッサ)、エルロチニブ(商品名タルセバ)、アフィチニブ(商品名ジオトリフ)の3種の分子標的薬が承認されています。EGFRの次に見つかったのが、ALK融合遺伝子で、東京大学の間野博行教授が発見しました。この分子標的薬にはクリゾチニブ(商品名ザーコリ)とアレクチニブ(商品名アレセンサ)があります。

このようにたくさんの分子標的薬が登場し、さらにドライバー・ミューテーション陽性が日本人に多いことが、日本のⅣ期進行肺がんの治療成績が大きく改善した理由です。手術不能な再発した非小細胞がんの分子標的薬であるイレッサが、2002年、世界に先駆けて日本で発売されたのは、こうした背景があったのです。

なお、EGFR遺伝子変異陰性やALK融合遺伝子がない肺がんの患者さんには、これらの薬はあまり効果がありません。ですから、治療前に患者さんのがん細胞を採取し、DNA検査で分子標的薬が有効なタイプのがんなのか、そうでないのかを調べる必要があります。日本人の場合、肺がんの患者さんの約半分が腺がんで、その半分がEGFR遺伝子に変異がある陽性です。この比率には人種差があり、特に東アジア人には陽性の人が多く、白人は15%くらいです。また、イレッサは喫煙歴のない女性の腺がん患者さんによく効くといわれています。ALK融合遺伝子陽性は腺がん患者さんの4~5%です。

 

腺がんには分子標的薬の標的となる遺伝子異常が数多く見つかっており、EGFR遺伝子変異陽性は腺がんの中の53%。また、現在治験中のRET融合遺伝子陽性は1~2%、ROS1融合遺伝子陽性は1%といわれている。
腺がんには分子標的薬の標的となる遺伝子異常が数多く見つかっており、EGFR遺伝子変異陽性は腺がんの中の53%。また、現在治験中のRET融合遺伝子陽性は1~2%、ROS1融合遺伝子陽性は1%といわれている。

 

キーワード 「肺がんの”遺伝子検査”」
遺伝子検査は、先天的にもっている病気の原因を調べる検査と、後天的に生じたDNAの変化を調べる検査に分類される。一般的に肺がんの診断は、レントゲン写真などで肺がんが疑われた場合に肺の組織や細胞などを採取し、がんがあるかどうかを調べるなどして下される。肺がんと確定診断された場合には、検査時に採取したがん細胞の中に、EGFR 遺伝子変異、またはALK 融合遺伝子があるかどうかを検査する。がん治療において、特に分子標的薬を使用する際には、この遺伝子検査が重要となる。ALK融合遺伝子を例にすると、腺がんの患者さんのうち陽性は4~5%ほどに過ぎない。ALK融合遺伝子をもっていない患者さんに分子標的薬のザーコリを投与するといった意味のない治療を避けるためにも遺伝子検査は必要だ。

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