ドクターコラム:がん治療の現場から

【中村祐輔医師コラム】第2回:簡便な診断法と免疫療法の開発が治癒率向上のカギ

中村祐輔(なかむら・ゆうすけ)
シカゴ大学医学部内科・外科 教授/個別化医療センター・副センター長(取材時)
がん研究会・がんプレシジョン医療研究センター所長(現職)

2018年4月4日

2017年11月に東京で開催された、「第13 回がん患者大集会」での講演で、プレシジョン医療推進の重要性について語った。「よりよい医療のためには、患者さん自らがんについて知識を深め、行動することも大切です」と呼びかける。

1981年、日本においてがんが死亡原因の第1位になったのをきっかけに、様々ながん対策が講じられてきた。しかし、今や患者さん1人ひとりに適したプレシジョン医療(オーダーメード医療)を目標に掲げるアメリカなどと比較すると、日本のがん治療の立ち遅れは否定できないだろう。世界のがん治療はどこに向かうのか。日本の課題は―。

血液や唾液、尿などで簡単にがんが分かる時代へ

いかにしてがんの治癒率を上げるか。医療従事者なら誰もが考えることだが、まず、簡便な方法でがんが診断できるスクリーニング(選別法)の開発が急がれるところだろう。

その1つとして挙げられるのが日本でも準備が進んでいるリキッドバイオプシーで、これは血液や唾液、尿などの液体を用いてがんを診断する方法。私たちの体内でがんが増殖すると、がんのかけらは異常な遺伝子として血液の中に紛れ込む。その遺伝子を調べれば、がんに罹患(りかん)しているかだけでなく、がんのタイプまで把握できる可能性は高い。

リキッドバイオプシーの精度については、がん種やステージによっても異なるが、大腸がんの場合、ステージⅠ・Ⅱなら50~60%、ステージⅢ・Ⅳなら70~80%の確率で発見できることも分かってきている。

また、リキッドバイオプシーは、画像診断より早く、転移や再発を見つけることができる可能性が示されている。

手術で患部をすべて取り去ったと思っても、目に見えない微量のがん細胞が残っていたり、血液やリンパの流れに乗って、すでに別の臓器に転移してしまったりしている場合もある。そうした微小ながん細胞は画像診断では発見が困難であるし、体の負担を考えると検査のために組織を取って確認することはそう簡単ではない。しかし、リキッドバイオプシーなら、いつでも簡便に負担なく行える。

がんの治癒率を上げるためにリキッドバイオプシーを普及させたいとの思いから、今後、私は日本でもそのための活動を進めていくつもりでいる。

脳腫瘍には血液によるリキッドバイオプシーは適さないようだが、その他のがんにはほぼ有効とされる。こうした簡便なスクリーニング法が確立されれば、患者さんの体の負担だけでなく、医師の手間や医療費の削減にもなる。

 がん治療の新しい流れとして、世界は「免疫療法」に着目している

海外における最新のがん治療のキーワードは何かというと、「免疫」ということになるだろう。

日本では、標準治療を中心にがん治療の流れというのがほぼ決まっているが、がんが進行し、化学療法の効果が認められなくなると、「適した治療はない」ということになってしまう。しかし、アメリカやヨーロッパでは、新しいタイプの免疫療法の研究が進んでいる。患者さん側も積極的にその情報を求め、すでに選択肢の1つにもなっているのだ。

日本では、先日も免疫療法を行っている公的病院がたたかれていたが、むしろ今は、そういう治療法を理解して、育てていく時期ではないだろうか。なかにはいい加減な治療を行う病院があるかもしれないが、だからといってすべてを規制してしまったら、進歩からも遠ざかってしまうように思えるのだ。

もちろん免疫療法の側も科学的なデータを出していかなければならない。臨床的に明らかに効いている人は少なからずおり、私が研究に関わっているがんワクチンなども、20%くらいの人は長期生存を果たしている。
そうした結果について、どういう人に効果があるのか、効果がある人の体内では免疫的にどういったことが起こっているのかを科学的に明らかにしていくことだ。これから私も、樹状細胞療法+ワクチン療法の試験を日本で実施することを計画している。

5年、10年先を見据えて新しい免疫療法を

免疫がテーマの新しい治療法には、この他、ネオアンチゲンを活用したワクチン療法などもある。

ネオアンチゲンとは、がんに生じた遺伝子異常を含むがん細胞特異的抗原のこと。これを利用したワクチンを体内に投与すると、樹状細胞ががんの特徴を認識し、免疫による攻撃を担うT細胞などが活性化してがんをたたく。ネオアンチゲンは、患者さんによって種類も数も異なるので、これを活用した治療もまた、プレシジョン医療といえるだろう。

私は渡米する以前からプレシジョン医療の重要性を説いてきたが、当時は「そんなものができるわけがない」という意見が主流だった。しかし、それが現実化し、がん治療はまさに新しい時代を迎えようとしている

 

中村 祐輔
シカゴ大学医学部内科・外科 教授/個別化医療センター・副センター長(取材時)、がん研究会・がんプレシジョン医療研究センター所長(現職)
なかむら・ゆうすけ●1952年、大阪府生まれ。77年、大阪大学医学部を卒業し、大学附属病院第2外科へ。その後、市立堺病院などを経て渡米。87年、ユタ大学人類遺伝学教室助教授に。帰国後、東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センター、理化学研究所ゲノム医科学研究センター、独立行政法人国立がん研究センター研究所等の所長を務め、2012年よりシカゴ大学へ。2018年6月に帰国し、7月より現職。武田医学賞、慶應医学賞他、紫綬褒章など受章。
(取材時現在)