コラム:がん治療の現場から

第2回「父が死んで本気で将来と向き合った。そして医者になった」

島田英昭(しまだ・ひであき)
東邦大学医療センター大森病院 消化器センター外科教授(食道・胃外科担当)

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私が大学病院の教授の立場だからでしょうが、「診療と教育で忙しくありませんか?」と尋ねられることが多々あります。でも、全く苦じゃない。前回も少しお話しましたが、私は学生や若い研修医たちとディスカッションするのが好きなので、むしろいまの環境は居心地がいい。前に勤めていたがんセンターは仕事内容が効率化されていて、ストレスなく働くことができました。しかし、学生との接点がなく、その点ではなんとも不完全燃焼というか…。そんな時にいまの東邦大学のお話をいただき喜んでお引き受けしたというわけです(笑)。

教育の醍醐味は何かというと「教えて伸びる」実感があること。20歳前後の学生に1時間の講義をすると、目に見えて成長していくのがわかるんですね。彼らの人生に少しでも貢献できるという意味で非常に重要な仕事でもあり、未来の医療現場を支える医者を育てるというのは、私にとって魅力的です。だからこそ、大学病院での勤務は楽しい。

父親の死をきっかけに、医者を目指すように

自分自身の学生時代、さらには医者を志したきっかけについてですが・・・。医師という職業に就いていると、「小さい頃から目指していたのでしょうか」と、よく聞かれます。医師の中には本当に子供の頃から目指していたようなしっかりした人もいるのでしょうが、私の場合は高校1年生の時、父親を脳出血で亡くしたのがきっかけでした。

それまでは医師になろうと考えたこともなく、平々凡々の中学・高校時代でした。国立大学の附属高校だったのですが「受験勉強よりも部活動」という校風で、3年間は高校生活を満喫して1年間は予備校に通い「高校4年生」で卒業するというのが当たり前。実際、同級生の多くはそうだったと思います。私も中学から高校1年まではサッカーに没頭して、勉強よりもスポーツに汗を流していました。理科系が好きだったので、将来の職業も「建築系ならありかな…」くらいにしか考えていなかったものです。

 ところが、高校1年の秋に突然父が他界したことで、授業料が気になるような状況となり「学費をなんとか免除してもらえないですか?」と担任の先生に相談して、授業料免除と奨学金の支援でなんとか助けてもらいました。当然、浪人なんてできませんので、進学はどうしようかと思案したところ、手に職がつくことと、父の死因が脳出血だったこともあり、実に単純ですが、医師それも脳外科医を意識するようになりました。

現役医師からの助言、そして医学部へ進学

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親族は医師と無縁でしたので、偶然、自宅の向かいに住んでいた日本大学病院の消化器外科の現役医師にアドバイスを求めたところ、「胃がんや大腸がんの患者は多い。広く社会に役立つなら脳外科医ではなくて、消化器外科が良いと思う」「この近くで通うなら千葉大学医学部。東京大学に匹敵するほどレベルが高い。」と教えてくれたのです。消化器系に興味を持ったのはこの時でした。しかも、ご自身の出身大学ではなく、他の大学の医学部を勧めるのですから「これは学び甲斐があるのかもしれない」と思い、第一志望の進学先と決めました。

 ・・・とはいえ、周りは部活動最優先の校風だったので、ひたすらガリ勉してなんとか千葉大学医学部に現役で合格しました。実に運が良かったと思います(笑)。家族の悲しい出来事が結果的に転機となって医師を志した私ですが、いまでは、充実した生活を送っていますから本当に幸運であったと思います。

 

shimada_vol.1_02島田英昭(しまだ・ひであき)
東邦大学医療センター大森病院 消化器センター外科教授(食道・胃外科担当)。1984年、千葉大学医学部卒業後、同附属病院第二外科入局。87~91年、同大学院医学研究科博士課程(外科系)、91年~93年、マサチューセッツ総合病院・ハーバード大学外科研究員。97年、千葉大学附属病院助手(第二外科)、02年、千葉大学院医学研究院講師(先端応用外科学)、08年、千葉県がんセンター主任医長(消化器外科)。08年、千葉大学医学部付属病院疾患プロテオミクス寄付研究部門客員教授(消化器外科)、09年10月より、現職へ。胃がんや食道がんの専門医として評価が高い。(取材時現在)

東邦大学医療センター大森病院 消化器センター外科
http://www.lab.toho-u.ac.jp/med/omori/gastro_surgery/index.html