ドクターコラム:がん治療の現場から

第11回「新薬、重粒子線、臓器移植…。今後注目される消化器がんの最新治療とは」

島田英昭(しまだ・ひであき)
東邦大学医療センター大森病院 消化器センター外科教授(食道・胃外科担当)

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前回は、胃がんや大腸がんの抗がん剤として知られる「TS‐1®」が、膵臓がんの手術後の再発予防に役立てられるようになったという話をしました。患者さんへより良い治療をお届けすることを目指して、こうした効果的な治療薬や治療技術の開発は、さまざまな方面から行われています。

医薬品開発のアプローチとしては、ゼロから新薬を開発してある疾患に使われるようになった後も、前述の「TS‐1®」(※)のように、別の疾患の治療にも適用拡大できないかという観点で、さらに研究が進められていきます。いま話題になっているのは、「オプジーボ®」(※)という、免疫の仕組みを利用したがん治療薬です。2014年に皮膚がんの一種である悪性黒色腫で承認され、次いで肺がんや腎がんに適用拡大されました。おそらくそう遠くないうちに胃がんや乳がんにも保険適応が拡大されて通常の保険診療で使えるようになるでしょう。

 

体への負担は少なく、がんへのダメージは大きく!注目される重粒子線治療

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放射線治療の分野では、私自身も共同研究に参加している重粒子線治療が注目されています。これは、重粒子を光の速度のおよそ70%まで加速させたうえで照射し、体の深部にあるがんを攻撃するというもの。従来のX線を使った放射線治療は体の奥になればなるほど、がん細胞に障害を与える効果が低下していきますが、重粒子線治療は、治療効果のピークを体内の深部でも設定できるため、標的となるがんが身体の奥にあったとしても正確に狙いを定めて照射することができます。

そもそも、抗がん剤と放射線治療を組み合わせる方法は一般的に行われていますが、治療効果が高いと同時に、両者の副作用が同時に発症するリスクにさらされるというデメリットもあります。重粒子線が優れているのは、抗がん剤と放射線治療を組み合わせた治療効果が、重粒子線治療単独で得られるくらいの高い治療効果があるということです。また、通常の放射線治療は、上皮細胞のひとつである腺細胞ががんになる「腺がん」には効果的ですが、「肉腫」にはほとんど効きません。ところが重粒子線は、この「肉腫」に対しても効果が期待できます。先進医療扱いなので治療には平均300万円前後かかりますが、2016年の4月から、骨肉腫に対して公的保険が適用になりました。今後も少しずつ、膵臓がんのように手術が難しいがんを中心に、保険の適用が拡大していくと思います。抗がん剤なしで治療を進めることができれば、患者さんの身体的な負担を軽減することもできます。

 

スティーブ・ジョブズも行った臓器移植も今後はますます発展

臓器の移植や代用物で機能を補う治療も、今後発展していくと私は考えています。

肝がんの場合、肝臓を移植して機能の回復をはかるというのは、世界的には広く普及した治療です。アップル創業者の故スティーブ・ジョブズは、神経内分泌腫瘍という膵臓がんで、肝臓へもがんが転移していたため、肝移植を行ったそうです。残念ながら再発してしまいましたが、臓器の移植は治療の方針としては正しかったのだろうと思います。

また、食道がんの場合、外科手術だと食道を切除して胃を頸部まで持ちあげて食べ物のルートを再建するというのが一般的ですが、早期の食道がんでは内視鏡的に局所のがんだけを切除して治療を完了することもできます。しかし、食道の表面を広範囲に切除すると治療した部位がひきつれて食べ物が通過しにくくなることがあります。そこで、切除した部位に培養した患者さん自身の粘膜を貼りつけ、欠損部をパッチするというような技術が生まれています。現時点では保険適用はされていませんが、あと一息といった段階まできています。

膵臓がんは、機能自体を薬で補えるようになったことで、膵臓の全摘出へのハードルが以前よりも低くなってきました。大腸がんでも、肛門の機能を電気信号で補うような技術が研究されているそうです。

その他にも、先進的な取り組みはまだまだあります。次回は、最新治療として注目される免疫細胞治療について詳しくお話ししていきます。

※「TS-1®」は大鵬薬品の登録商標です。「オプジーボ®」は小野薬品工業の登録商標です。

 

shimada_vol.1_02島田英昭(しまだ・ひであき)
東邦大学医療センター大森病院 消化器センター外科教授(食道・胃外科担当)。1984年、千葉大学医学部卒業後、同附属病院第二外科入局。87~91年、同大学院医学研究科博士課程(外科系)、91年~93年、マサチューセッツ総合病院・ハーバード大学外科研究員。97年、千葉大学附属病院助手(第二外科)、02年、千葉大学院医学研究院講師(先端応用外科学)、08年、千葉県がんセンター主任医長(消化器外科)。08年、千葉大学医学部付属病院疾患プロテオミクス寄付研究部門客員教授(消化器外科)、09年10月より、現職へ。胃がんや食道がんの専門医として評価が高い。(取材時現在)

東邦大学医療センター大森病院 消化器センター外科
http://www.lab.toho-u.ac.jp/med/omori/gastro_surgery/index.html

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